02
なぜだ。
ずんずんと街中を闊歩しながら憤慨を滲ませるフレディは思った。
(こんな時に限って、どうしてどこにもいないの…!?)
そろそろ騎竜たちの昼食を用意しないといけない時間が迫っていると、空に見える日の高さが教えてくれている。フレディはこんな所で暢気に散歩をしている場合ではなかった。
いや、べつにただ散歩をしているわけではないのだが。
フレディは朝から上司のアリアディスを探し回って、もうずいぶんと長い距離を歩き続けていた。
なぜか知らないが、ここ最近は今まで以上に身体を動かしていると自負しているフレディは、ほとほと疲れ果てているのだ。
自業自得のことが大半とはいえ街に繰り出す回数は爆発的に多くなり、それに伴い妙な気疲れが誘発される出来事が多発していたためである。
ようするに最早今月は、自分には身体の運動も頭の運動も必要ないと思っていた。出来ることならいつものように、飼育所に引きこもって騎竜たちの世話をするだけの毎日を送りたい。そのための憂いをさっさと取り除いてしまいたかったのだ。
だというのに。
こんな時に限ってなぜ所定の場所にいないのだ、あの上司は。
そう、朝から必死に探しているフレディの上司であるアリアディスは、探せど探せどどこにもいなかった。
彼も彼で動き回るより机で仕事をしている方が性に合っているのか、基本的にフレディと一緒で引きこもり派だ。だから容易に捕まると思っていたせいで、予定を崩されたフレディは目に見えて苛立っていた。
今フレディがなによりも優先させているのは、アリアディスに会いに行くことだった。もちろん、昨日の不審者の報告をするために。
昨晩、脱兎のごとく森から逃げ帰ったフレディは冷静になった頭で考えた結果、取りあえず朝を待つことに専念した。あの時間ではなにも出来ないと分かっていたし、動き回っても碌なことにならないと思ったからだ。
第一にもし追いかけてこられたらどうしようと気が気じゃない気持ちが膨らんでいたからなのだが、それらは杞憂に終わった。なぜかは分からないけれど飼育所まで追って来られることもなく、そもそも彼らが森から出てくることもなかったからだ。
今にして思えばオズニールの「ここから出られない」と言ったあの言葉は嘘ではなかったのかもしれない。
なんでそんな事になっているのかは知らないが、この際そんな事はどうでも良かった。
そうして帰り着いた飼育所の家屋には出て行ったときと同じようにハクが眠っていて、たったそれだけのことにひどく安堵した。その瞬間、自分が相当動揺していたのだと気がついた。
誰も寄りつかない森の中で不審な人間に会ったこともだけれど、知らない人間が自分を知っていることがこんなに不安を煽ることだと初めて知った。
貴族にとってそれはある意味当たり前で、たいしたことじゃないと思っていたけれどよくよく考えると状況が全然違うと気がつく。それだけでも相当動揺していたのだと、今になって心臓が早鐘のように動いていた。
大したことないと思い込もうとしていただけだったのだと分かって、それと同時に今一人でないということがこれ以上無いくらいの安心材料になっていた。
眠っているのにもかかわらず、丸まって寝ているその身体を力の限り抱きしめたくなってしまったくらいだ。
この気持ちをどう表現すればいいのか分からなくて、その感情にうずうずしていると消えなかった不安も徐々に薄れていっていることに気がついた。いつも不意にいなくなる小さな白い竜が、今は黙ってここにいてくれていることにとても感謝した。
その感謝を抱擁で表したかったけれど、起こしてしまってはかわいそうだからぐっと堪えてそっと撫でるだけにしておいた。
変に興奮しているせいで眠気なんか訪れないと思っていたけれど、暢気なもので明け方には完全に意識がなかった。
あの暖かくもひんやり冷たい身体が、この上なくほっとする存在感で腕の中にいてくれたことも大きかったのだろう。だからこそ、起きたらまずはその感謝の意を表して力一杯抱きしめようと決めていたのに、フレディが目を覚ましたときにハクの姿はそこにはなかった。
それに気付いたときは、自分でもびっくりするくらい沈んでしまった。そこにいてくれることに嬉しささえ覚えて眠りについたのに、と勝手な理由で落ち込んだ。
けれどずっとそんな事をしているわけにも行かず、他に優先するべきことがあると思い直したフレディはいつもと変わりない朝が訪れたことにほっとして、今の内にとこうして足を動かしている訳なのだが。
(…なぜだ)
まず初めにフレディが騎竜団にあるアリアディスの執務室に行くと、そこはもぬけの殻だった。
珍しいこともあるものだと感心したのだが、なにも今でなくとも…と肩を落としたのは言うまでもない。それから少し考えて、彼の屋敷に行ってみた。
もしかしたらまだ来ていないだけかもしれない。仕事人間のアリアディスがそれはないだろうと思ったけれど、念のため足を運ぶと案の定侯爵家の家令には出勤後だと言われてしまった。城にほど近い騎士団の庁舎の方にも行ってみたけれど居るような気配はなくて、こうして街まで降りてきたわけである。
街に下りるよりは城へ行っている方が可能性は高いと思ったものの、自分とアリアディスでは立場が違うから彼が城に足を運ぶ際の場所に、自分などが訪れることは難しかった。用もないのに足を運ぶと煙たい目で見られるし、おまけに今は時期が悪い。
ラルフが言うには、どうやら騎士団の中は今とある問題を抱えていてとてもぴりぴりしているという。そうでなくてもただでさえ目を引く存在らしい自分は、可能な限り余計なことはしない方がいい。きっと恐ろしく面倒なことになると分かっているフレディにとって、この上ない危険地帯だった。
ついさっき騎士団の庁舎に足を踏み入れた時に向けられた、数多くの冷ややかな視線からも如実にそれを感じられる。
また一歩、穏やかな日々が遠のいていく気がして突き刺さる視線の数々にコソコソと逃げ帰ってきたわけだが、こうなるとフレディに思い当たる宛てはなくなる。そうなると本来の目的を果たせなくなるのだが。
どうしたものかと考えながらも足を止めるという選択肢はなくて、てくてくここまで歩いて来たのはいいけれど、ふと思い立った考えに足が止まった。
アリアディスが自分の足で直接街に下りてくることなど、そうそうあるのだろうかという疑問がふと頭を過ぎた。
今更ながらに思う。彼はあんなに若くても侯爵家の当主様なのだ。当主自ら下町に一体なんの用があって馬車も使わず足を運ぶというのだろうか。
そこまで考えて、フレディの思考は一旦途切れる。その自らの考えを想像したからだ。
「………」
そして気付いた。
(…なんの違和感もないわ……‼)
どうしたことだ。貴族然とした空気をまとうタイプの人なのに、こういった街の空気が似合わないとは全く思えなかった自分に驚愕した。
だがよくよく考えれば、彼は意外にも庶民的なところがあるようだった。フレディが言えた立場ではないが、普通に合同宿舎で寝泊まりするという話を聞いたこともある。
別に動くことが嫌いなわけではないようで、移動するときは馬車に乗るより自分の足で歩くことが意外にも好きな人だったりもする。街並みを見て回るのが一つの楽しみらしく、たまに時間が空いた時なんかは下町のみんなが着ているようなシャツを着て街を散策しているようなのだ。
頻度が低すぎるのであまり知られていないが、以前一度だけフレディはばったり下町で会ってしまったことがあった。相当驚いたけれど、不思議と高貴なはずの彼が下町にいる様はなぜかしっくり来ていたのだ。
道行く人と普通にやりとりしている様子から、それが初めてではないのだということを理解した。それになんとなく可笑しさとおもしろさを感じたのを覚えている。
だが今は、街にそんな気配もないようだった。
一通り歩いてみたけれど、どうやら可能性の低すぎる最後の宛ては外れてしまったらしいことにこっそり落胆した。
こうもすれ違うとは、不思議なこともあるものだとため息をついたときふと思い出す。不思議と言えばもう一つ。
昨日の地震のことだ。
昨晩家に帰ったときは気が動転していたのか気が付かなかったが、どこを見ても地震が起きた気配がまるでなかったのだ。こうして街を見ても建物や道に崩れた痕跡はなく綺麗に整備された道はゴミ一つなく美観で、広場の噴水は絶えず水を巡らせている。
街に下りてきて初めて感じた疑問に、行き交う人たちに意識を持っていけばいつもと変わらない活気がそこにはあった。そこまで考えて気がついた。
(そういえば、家の中も物が落ちてたり、壊れたりとかしてなかった…)
空気の揺れに敏感なはずの竜が、あんなに大人しく横になっていたのも今思えばおかしな話だ。
まるで地震はじめからなかったみたいな。
それでも揺れを確かに感じた自分の身体は、あの時の振動を覚えている。あれが妄想や幻覚だったとしたら、自分はきっと何かの末期症状だとある意味不安になってしまう。
「…うーん…」
そこで思い出したのは、あの時あの場にいた二人のこと。
あの時はそんな事を気にする余裕がなかったけれど、冷静な今なら少し考えれば分かる。あの金ぴか男が「アストメリア家の人間」を探していて、その橋がかりだとフレディの写真をオズニールに渡したのなら狙われていたのは人違いでも思い違いでもなく、十中八九フレディ自身だ。
でもオズニールという男はそれが事実だと困るようだった。フレディの素性に気付いてからもどこかその事実を悟られたくないようだったし、確実に困惑していたように見えた。だとしたら彼は間違いなくフレディを『逃がして』くれたのだろう。
「……」
“あれ”はやっぱり、自分を逃がしてくれるための行動だったと確信しているフレディは、どうするべきなのか分からなくて判断に困ってしまう。
彼は単なる正義感で行動しそうなタイプでもなさそうだったし、騎士道や志を遵守するようにも見えなかった。寧ろ真逆にいそうな感じの人間だったように思う。しかしだからと言って、その全てが悪というわけじゃない。
――さてどうしたものかと、上の空で考えごとをしながら歩くのはやっぱり良くないことだった。
「…わ」
「…っと、気ぃつけろッ」
考え込んでいて視界への注意が疎かになっていたせいで、ふと入り込んだ黒い影を認識した途端にどんと衝撃が走った。
「す、すみませ…」
目の前に出てきた人にぶつかったのだと理解した瞬間、フレディは不機嫌そうに眉を寄せる男に反射的に謝罪した。ぶつかった拍子に何か固いものに当たったのか、痛む頬をさすりながら顔を上げる。
するとそこにいたのは好青年にも見えないが悪人にも見えない、極々普通の雰囲気の男だった。けれどその装いは一目でこの街の人間でないことを物語っていた。
異様に凝った装飾の服は、明らかに何かから身を守るために付けられたような防具を施していて、それを上着で上手に隠しているようだった。どうやら自分がぶつかったのはその肩から胸に向かって伸びている薄い鉄の板が、ちょうど剥き出しになっている部分だったらしい。
どおりで痛かったはずだと目の少し下をさすりながらの謝罪に加えて、少し頭を下げたフレディが視線を戻したとき、自分の間抜けさに言葉を失った。
――そう、うっかりだ。本当にこの瞬間まで、フレディは何も考えていなかった。
きちんと記憶の中から想定していたら、こうなる可能性があることはわかりきっていたはずなのに。
男を隔てた向こう側に見えた人物にそう思ったフレディの頬は、その瞬間ひくりと引きつった。
その人物は知り合いらしい人と建物の入り口付近で何か話をしていた。こちらには気付いていない様子で真面目な顔をしているのを見て、他にも知り合いがいたのかと少し驚いていた。そのとき、ふと脳内に疑問が沸き起こる。
(そういえば、昨日の森の入り口にいたのは…)
昨日森への入りがけの所で、数人の声を聞いた記憶が唐突に蘇った。それだけで嫌な予感がしてその先を思い出したくない気持ちになったが、そういうわけにもいかない。
そうしてちょっとだけ考え込んだフレディが再度視線を男の向こう側へ持って行くが、そこにはさっき見たものと同じものがある。
そりゃそうだ。見間違いでない限りそこにあるものが消えるわけではない。分かっていたけれど、思わず「気のせいだったらなぁ」とフレディの現実逃避を望む思考は言っていた。
もちろん目の前にいる男の顔に、見覚えはない。フレディが思わず見なかったことにしたかったのは、その人を飛び越えた向こうに見えたものに対してである。
「……」
「……」
そう、ほんとうにうっかりしていたのだ。
こんなことうっかりするのがどうかしていると分かっているが、本当にうっかりしていた。というか忘れていた。
しかしよく考えなくても、国民でないならば街に宿を取っていてもなんらおかしな事は無い。というかそれが普通である。
木々生い茂る街外れに泊まり込む方が異様なことである。
――ああきっと、フレディのこういう所を兄のゲイルはいつも不安に思っていたのだろうと今ようやく分かった。というか自覚した。
しかし迂闊だったと、自分の阿呆さ加減を今自覚してみてもちょっと遅かった。
「おい…? なんだ、どうかしたのか?」
いきなり動かなくなったフレディに、目の前の男は怪訝そうな声を上げた。それでも反応を示さなかったフレディに、男はもっと不思議に思ったように小さくその肩を揺すった。その動きではっと我に返る。
幸いなことに男の後ろにいる人物――昨日のきんぴか男はまだこっちに気付いていないようだった。
そうだ、慌てず騒がなければ何もおかしなことはない。そっと離れればバレないはず、と思った瞬間、凄まじい勢いで動いたフレディの思考回路はそれではまずいという結論を弾き出した。
ぶつかりそうになった男の背後には、金ぴか男以外に数人の人が見える。気心が知れたように会話をするそれらの声は、フレディに昨日の記憶を呼び起こさせた。
強張りそうになる顔を必死に堪えたフレディの頭は、やっぱりと思った。
(一、二…三人? 昨日の密漁まがいの声と数が合わないけど…。でも、やっぱりあいつら仲間だったんだな)
金ぴかとの関係はよく知らないがこの人達は明らかに密漁目的で行動していると、この耳が聞いている。
一体なにを密漁しているのか知らないが、昨日の怯えたような動物の鳴き声を思い出すと怒りがこみ上げるようだった。
「ん? お前…」
じっと一点を見つめたまま考え込んでいたフレディの顔を見て、目の前の男は何かに気付いたよう眉を寄せた。ふと視線を上げて見えた、僅かに見開かれたのその目にフレディは視線を向けなければ良かったと後悔した。
肩に置かれた手に僅かに力を込められそうな気配を感じたフレディは、それより一瞬だけ早くなるべくゆっくりした動作でその手を払っていた。
そして振り払われた手に男がなぜ、と言わんばかりにぽかんとした顔に向かって、にこりと微笑む。微笑んだあと目を閉じて最近の運の無さを改めて噛みしめた。いや、今回のは運以前の問題か。
その時間は本当に瞬くほどの短さだったけれど、意を決するフレディの口元には笑みが浮かんだままだった。
「あ! おい…っ!!」
そして極々自然に、くるりと後ろを向いて歩き出そうとフレディは足を動かした。
もちろんいきなり脱兎のごとく走るなんてことはしない。そんな事したら、この「なんで?」という顔をした男が不審に思うだろう。悪人には見えなくても明らかに粗野という分類の人間に関わりたくない人間が、そっと黙ってその場を辞するのは別に不思議なことではない。…はずだ。
まあ黙ってというのは少し良くなかったかもしれない。だから慌てたように捕まれた手を、今度は思いっきりはたき落としてしまった。
「テメェな…」
「いや、貴方がいきなり手を掴むから…」
「んだと? オレの手が汚ぇって言いてぇのかっ」
被害妄想もいいところだ。若干嫌そうな顔をしてしまったのは、決してその手の汚さを嫌悪したからではない。断じて違う。
「そんなこと言ってないし。っていうか、どうして引き止めるのよ。私はもう帰るんだから放っておい――」
「――貴様」
手を払われたことに苛立ちを滲ませた男に、いきなり触るからだと少し困ったようにフレディが文句を口にした途端、違う声が割って入ってきた。
「「え?」」
明らかに怒気を滲ませた声にフレディと男が振り返ると、そこにいたのは声音からも想像できるほどの怒気を顔に滲ませたあの金ぴか男だった。
「…なにかしら?」
こっちに気がつかれたことに内心舌打ちをしながら、この際しかたないと開き直ることにしたフレディはしれっとした顔で惚けて見せた。
何に怒っているのかなんとなく分かったが敢えて素知らぬ顔でそう言うと、案の定金ぴか男はその苛立ちを爆発させた。
「ふざけるな! 昨日はよくも騙してくれたな!」
眉をつり上げてとはまさにこのことかと言うような典型的な憤怒を顔色に乗せた金ぴか男は、そう言ってフレディを指さした。その様を見て、フレディは僅かに眉を持ち上げる。
――おや、この様子だと気がついたようだ。
探していたアストメリアの人間に対して、件の人間を紹介してもらおうとしていた愚行に気付き恥ずかしくなったのだろうか。しかし一体いつ気がついたのだろう。…まあ、どちらにしろ間抜けなことには変わりないのだが。
だいたい、被害妄想もいいところだと思った。引っ捕らえろなんて物騒なことを宣ったくせに、さも自分が被害者だと言わんばかりのこの言い方は一体どういうことなのだろうか。
そう馬鹿らしさに目を細めるフレディの口からは大きなため息が零れていた。呆れた言い分には、やっぱりこいつ阿呆じゃないのかと再認識するばかりである。
「…あんな手に引っかかる方がどうかと思うけど…。というか、今この状況も普通に考えたらどうかと思うわ」
実のところフレディが早く早くと焦っていたのは、下手をすると彼らに逃げられてしまうと思っていたからだった。
疚しいことを考えている人たちは、だからコソコソするんだろうしその事実が街の人間にバレたら、早々に逃げようとするとフレディは思っていた。現に彼の連れは密漁まがいのことをしているようなのだ。それなのに暢気にこんな所にいるなんて誰が思うのだろうか。宿なんて足が付くところ、さっさと引き払っていると思っても不思議ではないはずだ。
その危険を押してまで欲しいものがここにあるとは思えなかったし、その必要があるとも思えなかった。でも、どうやらそうではないらしい。
(というか、なんか色々やばくなって宿を引き払った後あの場所にいた…のかと一瞬思ったけど、今のこの状況を考えると違うよね…。うーん…)
わからん。
「私に騙されたと怒るより、もう少し悟性を養った方が良いと思います」
素直に呆れた事実を吐露すると同時に、今度は迷い無くフレディは回れ右をして走り出した。
「あの女だ、捕まえろ! 彼女たってのお願いなんだ。僕の面子にかけても絶対失敗するな!」
「!?」
後ろから聞こえてきたまさかの言葉に、眉が寄ったのが分かった。ちらりと伺えば、金ぴか男の仲間らしい数人がフレディにぶつかった男を筆頭に追いかけてきていた。若干不精さが窺えるのは、金ぴか男の言い分に呆れたからなのだろうか。
(――彼女。やっぱり、女の人なのね)
それも、あの不遜な金ぴか男がその願いを叶えるために必死になっている、女。
会話なんかほとんど無いし、人となりをしっかり見たわけではないけれど、フレディにはこの子爵だという金ぴか男が赤の他人にそこまで必死になるとは思えなかった。
余程その『彼女』の気を引きたいのか、あるいは入れ上げているだけなのか知らないが、今もなおこんな所に堂々と居座っているのはある意味そのおめでたい思考のせいかもしれないと思った。
もしくは、そこまでしてその『お願い』を叶えてあげたいと思ったのだろうか。
「ふざけてる…」
なんと言ってもそのお願いとやらは人を人とも思っていないようなものだ。事と次第によっては犯罪以上の事柄で、彼はそんなお願いを不審に思わなかったのだろうか。
(…っていうか、そんなお願いする女なんか、たとえ私が男でなくても一番お近づきになりたくない人だけど…)
こんな人を売るような事をするなんて、貴族の――いや、人間の風上にも置けない。一体誰がそんなことを頼んだのだ。
ここへ来て好き勝手なことばかり言う人たちに、だんだんと怒りが湧いてきた。
この男たちにも、この男たちを雇った人も、なに人の知らないところで勝手なことをしてくれているんだ。
「……」
ここで大人しく付いていけば、この苛立ちを解決できるだろうかと一瞬考えた。
だけど、さすがのフレディもそれは止めた方がいいと分かる。




