07
「……私、は、今の生活に満足してるんです。不満なんかないんですよ。でも、ちょっと…なんというか…よく分からなくなっちゃって…」
はじめのきっかけは、確かにいろいろ馬鹿らしくなって辟易して家を出た。姉の引き立て役なんて――そんなもの必要だったのか、今ではもうよく分からないが――こりごりだったし、そんなことの為に苦手な人前に出ることが億劫だった。
そして自分にはその“引き立て役”としての立場しか存在しないのだと、気付いてからはなおさらだった。
それでも自分は伯爵家の人間なのだし、良い縁を結ぶよう努めるのが当然だと思っていた。だから努力したし、頑張ってもみた。
けれど周りはずっとそんな感じだったし、結局どうしていいかわからなくて困惑しかなかったのだ。だからこそ、自分の幸せの為にという親の言葉はフレディには理解できなかった。
両親のその言葉は、偽りないものなのだということは知っていたけれど、自分には縁がないと思っていたのだ。だってそう思える人なんかいなかったから。
いたとしても、自分の気持ちと相手の思いに行き違いがある以上、そこにはきっと至れない。
当時は気付いていなかったけれど、結局フレディもそういう目でしか周りを見ていなかったのだ。それには理由があったわけだけど、そんな感情が表面にも出てしまっていたのかもしれない。でもそれを自分で改善はできなかった。
だから自分の気持ちなんか切り捨てて見た結婚でいいと思っていた。一昔前の政略結婚、自分にはそれが合っているかもしれないと思っていたのだ。
でも、そう思って会ってみた人もいたけれど、結局見えなかった。
その先に何も見えなかった。自分の未来も、将来性も、なにも。
結局その考え自体も、自己分析ができていなかっただけだった。
はじめはそれで良いかもしれない。でもずっと無関心でいることは、きっと自分にはできない。努力しても得られないものに、いつか耐えられなくなるに違いない。
みんなやっていることだからと、よそへ目を向ける器用なこともきっとできないんだろう。
要するに深く考えていなかったということだ。
どうして捨てようとまで思ったのか、そこさえもきちんと考えていなかったように思う。寧ろ見ないようにしていたのかもしれない。
だからかは分からないが家を出ての生活にも、不安なんか感じたことがなかった。
伯爵家にあるものに未練などなく、貧乏一直線だろうがなんだろうが憂いなんか一つもなかった。
上手くいかないと分かっているのに、同じことばかり言われる生活にも正直うんざりしていたし、そんな生活から解放されることを結構前向きに捉えていたのだ。
働かないと生きていけないことは分かっていたし、家出同然に飛び出しておいて親の金に頼るなんて情けないことはフレディのプライドが許さなかった。
じゃあ何をしようと考えたときに目に飛び込んできたものに、文字通り飛びついた。
でもよくよく考えると、どうしてそんなにうんざりしていたのか、そのこと自体を考えていないことに先日のことで理解してしまった。
そうして逃げるように仕事に戻ってからも、そのことがずっと頭の中を巡っていて前のように楽しくない。
家から飛び出して何気なく始めた仕事だったけれど、それなりに誇りを持っていた。
地味だけどコツコツする仕事が自分には合っていると思ったし、何より、竜たちが安心したように生活してくれることが嬉しかった。自分が会いに行くと嬉しそうに寄ってきてくれる姿に、こっちの方が救われたような気持ちになっていた。
それはまるで、自分のことを認めてくれているようで…。
そしてそう思った途端、分かってしまった。
…別に“それでいい”と思っていたのも本当だ。このまま一生一人だったとしても、自分にはありのままを受け入れてくれる騎竜たちがいる。彼らの世話して生きていくことを生きがいだとしても、なんら不満などない。むしろ大歓迎だ。
その気持ちに嘘など無かった。
でも、それは取り繕った先に見えた、諦めの先に見つけた妥協だったのかもしれないと気付いてしまったのだ。
ただ認めてもらえる場所に逃げていただけ。
それなのに、誰かの代わりにしか見てもらえないことにこんなにも気落ちしている。
それに気付いてしまって、なんて我が儘なんだろうと自分自身に辟易した。
騎竜たちとの生活と、令嬢としての矜持。
騎竜たちとの生活も捨てられなくて、でも誰の代わりでもなく令嬢の自分も一人の女として認めてもらいたいなんて。
…どっちも欲しいだなんて欲張りだ。
ままならないことが普通だと口では言っておきながら、結局自分はそれを受け入れられていなかった。だから不満が消えない。だから人の言うことが聞けない。
そしてそれが自己嫌悪の一番の理由だった。怒鳴り散らしたことなんか正直どうでもいいのだ。
まあ確かにやってしまったと直後は後悔していたが、口から出てしまったものはどうしようもない。
言い過ぎたとは思っているが、今ではもう開き直って、一度くらいなら許されてもいい気さえしている。
「――ふーん。別にいいんじゃねぇの? 若い内は何度壁にぶつかっても」
適当にかいつまんで口にしたフレディに、ギースは特に興味もなさそうな顔で視線を落としたままそう言った。
治療に専念しているから上の空なのかもしれないが、その態度にフレディは僅かに見張った目を瞬かせた。
「気に入らないことで喚くのなんか、この辺じゃしょっちゅうだぞ。そんなことでいちいち沈んでたら埒があかねぇって。クソ詰まんねぇことでヘコんでんなよ」
「べ、別にへこんでなんか…」
さも悩むに値しないと言わんばかりの呆れ顔で睥睨されたフレディは、思わず恥ずかしさに視線をそらした。
だいたい喚いたことをヘコんでいるのではないと言いかけて、いや、そもそもヘコんでなんかいないのだと自分に言い訳をしていると、今度はおかしそうな笑い声が降ってきた。
「でも別に、それ自体は悪いことじゃねぇだろ。言いたいこと言って、お前の思ってること、ちょっとは相手に伝わったんじゃねーの? それでいいじゃねぇか。口に出さなきゃ、他人の気持ちなんか一生かかったって理解なんかできねぇんだからよ」
「……理解できない…。…一生、ぜんぶ…?」
ギースの言葉にフレディは思わず寂しくなって目を伏せた。
彼の言いたいことは理解できる。でもこうもきっぱり言い切られては少しだけ切なかった。
言葉にしなくても伝わるものも確かに存在すると、騎竜たちと接して思っていたフレディにとっては、その言葉はなんとも言えない気持ちにさせた。
けれどフレディの腕から視線を上げないまま、ギースは少し考えて、それでも自分の言葉を肯定した。
「んー、そりゃ言わなくても分かることだってあるだろうけど、それは表面的な感情に過ぎねぇだろ。今、嬉しいか、悲しいか、その程度だ。だいたい『無言で解れ』っつーのは、人間には無理だよ。そこに生まれるのは推測だけで、本当の意味での理解じゃない」
視線は腕の傷を診ていたけれど、その顔は真剣そのものだった。
まさかそんな言葉が返ってくると思ってなかったフレディは、ギースの言葉に驚きながらもどこか納得していた。
相手の反応を見て解った気になっているだけに過ぎないと、はっきりと言葉で突きつけられてそれもそうかもしれないとなぜかすんなり受け入れられた。
その反応だって本当に心の赴くままなのかどうかなんて、本人以外に誰にも分からない。いくつもの積み重ねで理解していたとしても、それは所詮推測の域を出ないのだと。
でもそんなことを言ったら、その言葉というものにもそれは当て填まるのではないだろうか。
本当のことを言っているなんて、誰にも分からないじゃないか。
そう言うと、ギースは何かに納得したように『ああ』と言って、心底おかしそうに笑った。
「お前ひねくれてんなぁ。なんでどっちかしか見れねぇんだよ、両方で理解したらいいじゃねーか。その大きなお目々でよーく見りゃ済む話だろ」
「で、でも、でもそれだって、本当かどうかわかんないじゃないですか」
意識せず力の入った声になったフレディに、ギースは無言でちらりと見上げた。
「……っ」
その目は別に悪いことなどしていなくても、思わず言葉に詰まってしまうほどのなにかが見えた。射貫くような強い視線に頭の中まで覗かれているような気がして、じっと見据えられるとすごく居心地が悪い。
そんなフレディに対して、ギースはその射貫くような強い視線を一瞬も外さなかった。まるで怒っているように見えるその顔に、無意識に萎縮してしまう。
「…お前、一体何を基準にして他人の真偽を計ってんだ? そもそも、どうしてそこまで疑う? お前にとって目の前の人間は疑う要素しか持ってねーのか? それは、相手の何を理解した上でそう思ってる。…それって相手がどうとか言う以前に、お前が他人をそういう目でしか見てないってことじゃねーのかよ」
「………!」
ガツンと、頭を鈍器で殴られたかと思った。
何か言葉を返したくて口を開くけれど、何も言葉にならなかった。
どうして疑うか。その答えが、自分の中にはある。
だけど。
「……」
疑ってしまう原因が多々あったのは確かだ。でもだったらそれが万人に当てはまるかと言われたら、それは否だ。
今までそうだったから、これからもそうだと勝手に思い込んでいただけだ。
みんながそうだから、初対面の人間だってそうだと勝手に思っていた。
(…みんな。…みんなって、誰のこと…?)
今まで接してきた人の中で、みんなが自分と姉を比較して嘲笑っているなどと、それは一体何を理解してそう思っていたのだろうか。
目の前のその顔は、どんな表情だった。
いつも向けられる言葉に付随する相手の顔を、きちんと見たことがあったか。
その言葉の数々を、自分で否定したことがただの一度でもあったか。
なにも。――何も見ていなかった。
何も言わなかった。
はー…と、長いため息が無意識のうちに口から出た。情けなくて恥ずかしくて、今度こそ本当に涙が出そうになった。
俯いた旋毛にギースの視線がじっと注がれていることに気付いたけれど、到底顔なんか上げられないほど打ちのめされていた。
そんなフレディの様子に、鼻から小さく息を吐いたギースは言った。
「お前にだって理由があるんだろうし、それが一概に悪いことだとは言わねぇよ。でも、そうやって生きてたって楽しくないんじゃねぇかって、俺は思うけどな。そもそも本当のことを見せてくれてるかどうかって疑っちまうのは、お前が他人にそれを見せてないからだ。いつも取り繕ってばっかで、相手のことを最後まで見てないからだろ。…これはきちんと言葉にしなくても、俺でも分かるぜ。お前どうせ『言っても仕方ない』って決めつけて、何も言わずに生きてきたんだろ?」
「…っ」
燃えて短くなった煙草を灰皿に押しつける様を見ながら、紡がれる言葉に文句なんか出てこなかった。否定のしようもないくらい、その通りだったから。
遠慮の欠片もない、他人を傷付ける可能性なんか微塵も考慮しない言い方だからこそすんなり受け入れられる自分は、やっぱりギースの言うとおりひねくれているのだろうか。
ギースの言葉を飲み込んで、今までの自分を思い返してみるとよく分かった。
一度でも文句を言ったことがあったか。
一度でも自分から改善しようと思ったか。
一度でも自分から歩み寄ったことがあったか。
『言っても仕方ない』そう思う原因があったのは本当だ。だけど本当にそれをなんとかしたいなら、他に方法はいくらでもあったはずだ。
なのに何もしなかった。何もしないで、ただ逃げ出しただけ。
そしてそれを選んだのは、他でもないフレディだ。
「………」
俯いたまま、膝の上でぎゅっと手を握りしめる。
言わなきゃ理解できないと言ったくせに、大してつきあいが長いわけでもないギースはフレディのことをまるで見てきたかのように言う。それが果てしなく悔しかった。
傷付いたわけではないけれど、俯いたまま顔を上げられないフレディと視線を合わせるように、椅子から腰を浮かせたギースは床にしゃがみ込んだ。
その姿にのろのろと視線を向けると、フレディと目が合ったギースは意外なほど穏やかに微笑んだ。
「まあそれは貴族のお嬢様には当たり前なのかもしれないけどな、でもそれじゃ他人は何もわかんねぇんだよ。…何も言わないで相手を理解できたらそれ以上の楽はないよ。だけどな、その楽は…その手抜きは、意味のあることか?」
少しだけ悲しげで寂しそうで、眉尻を下げて言うギースの顔は怒ってなんかいなかった。まるで子供に言い聞かせるみたいな顔が癪だったけれど、彼から見ればフレディなんか小娘もいいところなのだろう。
きゅっと口を引き結んだまま弱々しく、悔しさの滲む顔で首を横に振ったフレディに、くしゃりとその頭を撫でながらギースは笑った。
「そーだよ。そんなん、一緒にいる意味ねーよ。つまんねーだけだろ」
「……うん」
今度は小さく頷くフレディに、それでいいと言うように不遜に笑った。
そうして腰を上げたギースは、今度は上から押さえつけるように非常に乱暴にぐしゃぐしゃと頭を混ぜる。
「っもう…!」
止めろとその手を払いのけようとすると、ふいに動いていた手が止まった。
「…? 先生?」
「人間ってのは感情の生き物だ。だから、明確なものが見えていないと不安で仕方ないんだよ。だから人間は言葉で、見えない感情の明確さを伝えるんだろ。そしてその明確さを裏付けられるのが感情だ。無表情で言葉を紡がれても何も響かないのはそういうことだ。どっちが欠けても人ってのは不安を拭えないんだよ。ま、人間って種は賢くなりすぎちまったってことだな」
そう言って肩をすくめたギースはフレディの頭に手を置いたまま、どこか遠くを見ているような目をしていた。昔を懐かしむような、それでいて諦めたような、そんな物悲しい顔だった。
フレディがじっとその顔を見ていると、ふいに視線がかみ合った。
するとフレディの不安げに揺れる目に気付いたギースは、小さい子供にするように笑って見せた。
「もっと単純でいいんだよ。好きか、嫌いか。人とのつきあいなんて、突き詰めりゃその二つしかないだろ。好きならどうしたいかだ。それくらい単純でいいんだよ。難しく考えるから躓くんだって気付け、気付け」
じっと真面目な顔で話を聞くフレディに面映ゆくなったのか、急に戯けたように手で払う仕草をした。
見ればいつの間にか腕には新しい包帯が巻かれており、治療は終わっている。
「あ、あの、…ありがとうございます」
「おう、礼は要らねぇ。金だけ置いてけ。それが仕事だ」
当然のようにそう言って新しい煙草を咥えながら、いつの間にか奥にある台所に姿を消していた。
そんなギースの態度は、いつもと同じように飄々としたものだった。
「いや、あの…」
そうではなくて、こんなどうしようもないお馬鹿な悩みにも呆れた顔をせず答えてくれたことが嬉しかった。それを伝えたくて口を開きかけるが、どう言葉にしていいか分からなかったフレディは結局何も言えなかった。
仕事以外の部分が多かった気がするのにそんなことを言うから、余計にだった。
そんな自分に余計に落ち込んでしまう。
(うう、情けない…)
一人沈んだ顔でしゅんと項垂れていると、少しして戻ってきたギースの手にはカップが握られていた。
「…お前、これ痛かったろ」
「? これ、とは…?」
何を思ったのかそんな脈絡の無い言葉を投げかけられて、一体何のことか分からなかったフレディは、ことりと首を傾げたまま数回瞬く。
「腕。お前、痛くなかったの?」
落とされた視線と共に紡がれた次の言葉に、何を問われているのかは分かったけれどどうしてそれを聞くのかは分からなかった。
数日放置していたから悪化してしまっていたのだろうか。自分にはよく分からなかったから、曖昧に答えるしかなかったフレディは思ったままを口にする。
「今ですか? えっと、特別には。まあ、痛いのはずっと痛いですけど…でもそれは最初からですし」
初め傷を見たとき、自分でもちょっと気持ち悪くなるくらい裂けていたのだ。あれを見てしまえば痛みがなかなか取れないのは当たり前だろうと思っていたフレディは、ギースが何を言いたいのか分からなかった。
それでもよくよく観察していると徐々に治っていることが目視できたので、悪い方に進んでいるわけではないと思っていた為、多少痛いのは我慢していたのだ。
それを聞いたギースは「ふーん」と言ったまま黙って思案する。
実際、医者であるはずのギースがその傷を見た時、半分諦めが過ぎったのはすぐだった。それぐらい深い傷ならば痛みに呻いてもいいはずなのに、フレディは今と全く同じように意に介していない様子だった。
傷を負ってすぐは痛みを感じなくても、時間が経てばそうはいかない。治療してくれとここへ来たときは熱も出ていたし手だって震えていた。痛みを感じていないわけはないはずなのに、そんな様子はほとんど感じさせない態度だったのだ。
今だって、包帯さえ替えていなかったということは当然痛み止めなんか飲んでいないだろうに、さっきから処置をしていても大した反応も見せない。
どうやらそれは当たり前のことだと、フレディは本気で思っているようだった。だからギースは、身体的にはもちろんのことさっきの会話のおかげで精神的にもそうであるらしいことが分かってしまった。
初めから薄々思っていたことではあるが、そんなことにも曲がらない芯の強さに気付いてしまったギースは、飲みかけの珈琲が入ったカップを机に置きながらため息を吐いた。
未だに不思議そうに首を傾げているフレディの頭をぽんと撫でて、ギースは空いた方の手で別にかゆくもない項を掻いた。
「我慢強いのは結構だけどな、自分の許容量だけは把握しとけ。溢れて零れても、拾ってくれるヤツが碌なヤツじゃない確率の方が高いんだからよ。お嬢様だろうとなんだろうと、自分の身は自分で守れるに越したことはねぇからな」
ぽん、と子供をあやすように撫でられた頭とその言葉を噛みしめたフレディは、神妙な顔でその意味を考えた。
「そっか。じゃあ、私は運がよかったんですね」
そう言ってへらりと笑ったフレディは、動きを確かめるように両手を伸ばして見る。
そういうギースは、口も態度も悪いし身なりもぼろぼろ、清潔感の欠片もない無精髭もそのままの冴えないおじさんという風体だが、不覚にも格好良く見えてしまった。
いつもフレディをお嬢様だと言うけれど、だからといってその態度が特別に変わったことは一度も無かった。彼にとって目の前にいる怪我人は、皆等しく患者なのだ。
口と態度こそ悪いが、その実すごく丁寧に診察してくれる。そして診てくれるのは怪我だけではないと、思い知ってしまった。
おじさんというのは言い過ぎな気がするのだが、なんせ髪もぼさぼさだし髭も剃らないし、服もよれよれでその上に白衣だけ羽織っているのだ。その風体は年以上に老けた印象を出している。
でも人のことを人一倍見ているのは、誤魔化しようのない事実だった。
立ち行かないことに愚痴をこぼすと、辛辣だがいつも答えをくれる。それがどうでもいいことでもね、と下町に住むおばあちゃんがいつだったか言っていた。そしてそれが偽りない事実だと、身をもって経験したフレディは不思議な気持ちでその後ろ姿を見つめる。
本当に、見た目は最悪だが腕は確かだというみんなの言葉は間違いなかった。
別に疑っていたわけではないが、ギース先生に任せておけば間違いないというのは、この界隈ではみんなが思っていることらしく、フレディも日頃からよく耳にしていた。
廃退地区の病人も往診していたりするし、目の前に病人がいれば無条件に診てくれるこの人は立派な医者だった。当然そんな人たちからお金を取っているところを見たことなんか無かった。
後からお礼だと言って、金銭を持ってきても絶対に受け取らない。自分の為に使ったらいいと、少し意地の悪い顔で笑ってさっきみたいに頭を撫でてくれるらしい。
口も見た目も悪いが、医者の鑑のような人なのだ。フレディもだから彼の元に診察に来ているのだが。
だが!
これだけは言いたい。
「咥え煙草で診察するのは医者としてどうかと思います」
カップを持って戻ってきたときに、その手に煙草はなかったはずだった。
いつの間にかまた新しい煙草がその口に咥えられているものを見て、フレディはぼそりと呟く。
先のフレディの言葉に瞠目していたギースは、この言葉に胡乱げな目を寄越し、縮む勢いでフレディの頭を押さえつけたのだった。




