第二重輪 みつを
「ヨシハルさん…ヨシハルさん」
囁かな声の持ち主はカヤエだった。俺はその声で目が覚める。
「どうしたんだ?まだ真夜中だぞ」
辺りは真っ暗で月明かりしかない。
カヤエはその月明かりに照らされている。
「隣の部屋、つまりアヤメさんの部屋から物音がしました」
物音?まさか泥棒か?
アヤメはしがみついていて寝ている。
「泥棒じゃないのか?」
「私もそう思いましたが、人の気配が感じられません」
じゃあなんなんだ?
「ちょっと行ってみるか?」
「そうですね。泥棒でしたら八つ裂きにしてしまいましょう」
何かカヤエの目が一瞬殺意に満ちた様に感じたのは気のせいだろうか?
取り敢えず、アヤメを起こし、三人でアヤメの部屋に向かう。
「泥棒でしたら容赦なく潰します」
なぜか少しお怒りになられているカヤエはアヤメの部屋の扉を開けた。
「きゃあああ!」
カヤエは、部屋にいる何かを見ると、叫び声をあげて俺の背中に逃げて来た。カヤエがここまで怯えてるのを見たのは初めてだ。俺の背中で震えている。
アヤメはそこまで怯えなかったものの
「……そこ、こわい」
とか言っている。
俺はその何かを見るために部屋に入る。
なんと、そこには白いワンピースをして髪の長い女が立っていて、身体は半透明になっている。よくある代表的な幽霊の姿であった。その女が着ているそれからは水がひたひたと音を立てながら床に落ちていく。
あの時、風呂に浸かっていたとき、アヤメはこれが怖くて俺の所に来たのか。アヤメの平然とした態度にくらべ、カヤエは顔を引きつらせて尻尾とアンテナがピーンと伸びている。
アヤメはその幽霊をじっと見つめている。
俺は初めて幽霊を見ている。怖くない訳がない。
俺は幽霊に恐怖心を悟られないように真顔で幽霊を見つめる。なんか恐怖心を悟られたら負ける気がする。
〈…ぁああ…ぁあ…〉
その幽霊は俺に喋りかけているのか、しかしその言葉は俺達にとってはただの音としか聞こえない。
しかし、俺はその幽霊に返事をする。
「お前の言いたいことはわかった」
〈ぁああ?ぐぃ…く…〉
すると、嬉しそうに音を発する幽霊さん。
「な、何を言ってるのですか?この幽霊は…」
勝手に一人で幽霊と話を進めていたから、カヤエ達は内容を掴めてない。
「……わたしも、わかった」
…おっと、カヤエ達ではなくアヤメも意味がわかったみたいだ。
そんなすんなり意味がわかってくれたら…いや、なんでもない。
「カヤエ、チェスとか無いのか?」
いきなりの事にカヤエは戸惑う。
「え?あ、はい。あることにはありますが…」
「そうか、なら少し貸してくれないか?」
俺が頼むと、すぐさまカヤエは一度部屋に戻り、チェスを持ってきた。なんでカヤエがチェスなんか持ってるのかは置いといて。
俺はそのチェスを床に置いて、それに駒を並べる。
「何をするのですか?」
もう幽霊に慣れてしまったのか、カヤエは幽霊に怯えている気配がない。
「何するって、チェスだけど」
「いや、そうではなくて。なぜチェスをするのですか」
なぜチェスをするのか?
それは幽霊さんがチェスをしたがっているからだ。
実を言うと、これも一種のイベントで、この幽霊を俺は何度も見ている。だが、それはゲームでの話で現実である今ではリアリティがあり過ぎて、流石に怖い。
それに俺は幽霊が発した言葉を直接理解したことがなく、攻略サイトに書いてあった通りに事を進めただけ。
言葉の意味は、
「あなたはチェスができる?」である。だから俺がチェスができることを知ると喜んだのだ。
この幽霊は生前、チェスの女帝であった。しかし、女にもかかわらず男を次々になぎ倒し、頂点に君臨したのだ。挑戦者はいくらでも居たが、負けた回数は0回。負けたことがない。まさに無敗の王者、いや、無敗の女王だった。彼女はいつも強い敵を探し求め、様々な敵と試合をした。
その中で、唯一強い相手と出くわす。
その男は五番勝負を提示してきた。でも彼女にとっては関係ないし、三回連勝すれば終わることなのだ。その提示を承諾した。
そして一回目、二回目、と彼女が連勝していく、ここまでは良かったのだが、彼女は何故かその男に二連敗する。初めての敗北を味わった。
そして二勝二敗でラスト決着をつける最後の勝負の時。
男は心臓の病気を患っていて、死んでしまったのだ。彼女は唯一の強い相手がいなくなった事に対する絶望感に、耐えられなくなり、自殺したのだった。
それから、チェスの出来る者に夜な夜な現れては勝負を仕掛け、負けると命をとっていくようになった。
彼女を成仏させるには彼女にチェスで勝つこと。
っていうか、その前に俺はチェスはまったく知らない。
知らないけども、どうすれば勝てるか知っている。
相手のパターンは何度もやっているため熟知している。
やがて俺はチェスの駒を並び終える。
「さ、やろうか」
その言葉に幽霊はすぐさま俺の前に来ては先手を打って来た。
俺は知っている通りに駒を進めていく。
全て計画通りに進んでいく。相手は考えているが、俺は考えていない。どんな風に進んでいき、どんな結果になるか知っているからだ。
相手がカチャと打ったあと、直様俺がスッと駒を動かす。
アヤメとカヤエは漠然とチェス盤を見つめている。
やがて
〈…ぅぅあ…〉
俺の勝ちが決まり、幽霊は参りましたと一言言い残し、消えて行った。
「勝ったな」
「時間掛け過ぎです。私ならあそこで――」
カヤエはかなりチェスができるらしい。
カヤエはチェス用語で俺に指摘してくるが、俺は全くわからない。
まさかあの手よりも良い手があるとは思えないが…
なぜなら俺が幽霊に勝った手順は、沢山のプロ棋士が、この創世記リオティオンでこの幽霊と戦い、出した結果の手順なのだから。
何とかカヤエの指摘をスルーしながら俺達は部屋に戻って布団に入る。
俺はカヤエが幽霊を見た時のことを頭の中でプレイバックする。
「まさかカヤエが幽霊を怖がるとはなぁ」
俺が笑うとカヤエは
「……私は今、貴方に尻尾が生えていたなら間違いなく襲ってますよ」
と脅迫しているつもりなのか布団の中で右から生意気にそんなことを言って来た。
「何だって?」
「ですから、貴方に…ひゃあう!」
俺はカヤエの尻尾を握る。
「なに?」
「いえ、何も」
俺が尻尾を握り、カヤエに何も反抗させないようにしていると、アヤメが
「……へんたい、さいてい」
何時もより力のこもった声が左から俺に飛んでくる。そしてしがみついていた手も離す。
俺はつい尻尾を離してしまい、カヤエはその隙に尻尾を取られないよう体をこっちに向ける。
「もう、取らせませんから」
めっちゃドヤ顔で俺を見る。暗闇なのに、ドヤ顔しているのがわかる。
それよりアヤメ俺に背中を向けている。
「…あ、アヤメ?」
「……へんたい」
何を言っても変態としか返事がこなくなってしまった。
「嫌われましたね」
カヤエのその言葉から少し笑いを堪えているのがわかる。
「カヤエ…?」
「はい。なんでしょ……ひゃあん!」
少しムカついたので一撃で気絶させてやった。
尻尾を俺から距離を取らせただけで防げると思うなよな。
するとアヤメが俺に向き直り、
「……へんたい!」
と言ってアヤメは遂に部屋からでていってしまった。
「…やってしまった」
もっとアヤメに嫌われてしまった…
しばらくしてカヤエが起きる。
「あれ?アヤメさんがいませんが…?まさか、アヤメさんに……はぁうう!」
もう一度気絶させる。
何故か最近、カヤエの言うことにやたらと嫌味が込められている気がする。
もう、いいや。
スッキリしない気持ちを抑えて、俺は寝た。
そして朝が来る。
カヤエはスヤスヤと寝ている。
アヤメは夜に部屋から出ていったんだが、大丈夫だろうか?
俺は寝ているカヤエを起こさないように部屋を出て、アヤメの部屋に入る。チェス盤はその前にされていて、ベッドの上でアヤメは起きていた。
「……よしはる」
俺と目が合うと、アヤメはそう言った。
お?夜のことはもう忘れてくれたのか?
「何だ?」
「……よしはる、へんたい」
……忘れてなどなかった。そのアヤメの目は犯罪者を見るような目で、どこかどす黒く見えた。アヤメはそう言って布団に潜る。
俺は傷付いた心を治すためにアヤメの部屋をでてカヤエが寝ている部屋に戻る。
「やっぱカヤエは可愛いな」
俺はカヤエの寝顔を見て、そう言ったのだが、アンテナがピクッと動いた。
まさか…
「カヤエ、起きてるだろ」
「…スー…スー…」
寝ているフリをしているのはわかっている。なぜならアンテナがさっきからピクピク動いているからだ。
「また、尻尾を…」
俺が言いかけた時、
「すみません。起きてます」
即座に回答がきた。
何てわかりやすい奴。
「カヤエはどう感じる?アヤメのこと」
俺が言う、少し考えてから返事をする。
「アヤメさんですか。別にこれといって何も」
「そうか」
なら、俺だけかあの感覚は。
勘違いだったか…
「何かあったのですか?」
「いいや、それよりも何か言いたいことがあるんじゃないのか?」
確か、そろそろカヤエのイベントが発生すると思うのだが…
一つのイベントを放っておくと、後で別のイベントと併発してしまう恐れがある。
今の俺には二つのイベントを同時進行とか不可能なので、出来れば早め早めに終わらせておきたい。
「……はい、実は―――」
ガチャッ
カヤエが何か言おうとした時、アヤメが部屋に入って来た。
「……かやえ、おなかすいた」
「そういえば朝食がまだでした。とりあえずご飯にしましょう」
カヤエは部屋から出て行き、部屋には俺とアヤメだけがのこった。
「……へんたい」
アヤメはそう言い残して出て行く。
「…今は何もしてないじゃないか」
俺は一人、愚痴を言いながらリビングに向かった。
…おい、ちょっと待て。
「いやいや、おかしいぞ。絶対におかしいぞ」
「どうなさいました?」
どうなさったかじゃない。
俺はさっき、ついさっき、カヤエとアヤメと一緒に部屋に居て、
それからカヤエが出て行き、直ぐにアヤメが出て行き、そして俺がアヤメに続いて出て行った。
それなのに、それなのに、もうカヤエは朝食をテーブルに並べているではないか!
「さあ、どうぞ。食べてください」
二人とも、何も無いようにテーブルに向かって椅子に座る。
「貴方も、座ってください」
俺は神業過ぎると思いつつ椅子に座る。
「いただきます」
「……いただきます」
「い、いただきます」
朝食を見て改めて思った。焼かれた熱々のパンが三つにバターがそれぞれ。そしてパンケーキが三段に重ねられたものが三つ。
んで、紅茶が三つ。
紅茶だけなら今の時間で俺でも作れたが、パンになってくると、これまた不可能。ましてはパンケーキまで作るなんて…
俺は焼かれてこんがりとしたパンにバターを乗っけて口に運ぶ。
「…すみません。お口に合いませんでしたか?」
「ん…?あ、いや、美味しいよ?」
「そうですか、ありがとうございます」
それよりも気になる事が一つ。
まず、俺たちが座っているテーブルは丸い形をしている。
丸い形をしているテーブルを三人で囲むとなれば、正三角形の頂点が俺たちになるはず。
昨日の夜や、いままでずっと、正三角形の頂点のような距離で食べていた。
俺が言いたいことは何か?
それは、アヤメがカヤエの方に少し寄っていること。
そりゃあ、毎日毎日殆んど位置がズレることなく食事するなんて、不可能だろうが…
いや、アヤメだけでなくカヤエもアヤメの方に寄っている。
つまり、俺の目の前にアヤメとカヤエが横並びになって食事しているのだ。
「あのさ…何でそんなに離れてるの?」
やっぱり聞かずにはいられない。
「貴方が襲って来るかもしれませんから」
俺にはこんな朝から襲う気力はない。
なのにアヤメもカヤエと同じだった。
「……へんたい、だもの」
というか、何でアヤメがそのセリフを知ってるんだ!?何処から習ったそのセリフ!
「違いますよアヤメさん。確かにヨシハルさんは変態ですが、そのセリフは―――」
何か、地味に二人から攻撃された朝食タイムだった。
「ご、ごちそうさま」
「ご馳走様でした」
「……ちそう」
ん?地層…?
カヤエはスルーして食器を片付け始めたので、俺もスルーすることにした。
そして食器を片付け終わり、一段落した頃。
「先ほどの続きですが、貴方の力をお借りして一つ、頼みたいことがあります」
「なに?」
「私を、鍛えてもらえますか?」
俺はこの言葉にイベントが発生したことを確信する。
このイベントは、カヤエを強くすること。
ただでさえ強いカヤエをもっと強くしないといけない。
名付けて、
――――――カヤエ育成イベント!!
遅くなりましたが、久しぶりに更新なんだなぁ。




