↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の犬歯が疼きやがる ~保険の利かない戦いがここにある~  作者: 乙女座の一等星
十二支との戦い・後編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/60

第43話 鳥トリーテッド④

 ここは違う世界。

 知らないことばかりの世界。


「鳥……? 小鳥遊だし?」


 干支の並びくらいは知っていた。


 だけど、知らないことと、やっていないことの区別は出来る。


「……うるさいですわね」


 秋人は、体の奥底から溢れる何かを感じていた。


 透子曰く、遺伝子の記憶とやら。


「瑞鳥だのは知らない。んで、挙句の果てに、俺が蛇をどうこうしたとか……さ」

「ようやく認めましたのね」

「俺の知らないところで、勝手に話が進んで。ってか、そういうことじゃねぇんだ」


 ギチィィィっ!! と空間が歪む。


 文が軽く、ほんの少し目を開く。


 秋人の体は、彼の意志に応じるように熱くなる。


「俺は四百万の借金返して、元通りのまともな大学生活に戻りたいだけ。お前らみたいな、インテリと一緒にすんじゃあねぇ」


 右顎の犬歯がドクドクと拍動し、紅い血肉を導いていく。


「マジ、イラつく。なんで、素人相手に何いきがってんだ? そんな奴に決めつけられてたまるかよ!」


 秋人というトリーテッドは、グンと力を一つ上げた。

 全身のバネを使い、渡された歯科器具を力任せに押し返した。


 その予想外の泥臭い反撃に、レイの姿勢が空中で浮き上がる。


「文! 狙えんだろ、今!」

「……言われなくても。計算は終わってるよ、駄犬!」

「させませんことよっ」


 だが、小鳥遊レイの「酉」としての力は強い。

 秋人の浅はかな予想を遥かに凌駕していた。


 体勢を崩したかに見えたレイが、巨大な漆黒の翼を一度、力強く羽ばたかせる。

 ただそれだけで、秋人の身体は枯れ葉のように凄まじい風圧で吹き飛ばされてしまう。

 アスファルトを無様に転がり、仰向けに倒れ伏す。


「軽くて、ちょろいですわ。やはり、ただの犬ころ」


 空中に舞い戻ったレイが、冷笑を浮かべて見下ろしてきた。

 地上で迎撃の準備を整えていた文が、苛立たしげに舌を打つ。


「なぁに、やってんだよ。今のも白斗さんなら」

「うるせぇ!」


 秋人は毒づきながら、痛む身体を鞭打って強引に立ち上がった。


 やはり、圧倒的な力の差だった。

 あのレイや文たちとの間にある、埋めがたい経験と格の違い。

 やはり、言われた通りただの不様な盾にしか、盾にもなれない。


「俺は……」


 悔しさに唇を噛み締め、秋人がふと夜空を見上げた時だった。

 雲の切れ間から覗いた白々しい月の光が、偶然、彼の目に飛び込んできた。


「ぐっ」


 その瞬間。


「あああああああぁぁっ!」


 突如、秋人の顎に、焼けるような激痛が走った。


 レイの攻撃によるものではない。

 文が何かをやったわけでもない。


 犬歯が、戸を叩く。

 矮小な歯髄腔から、このちっぽけな体から早く出せと、雄たけびを上げるよう。


「駄犬……。勘弁してくれ。まさかディジーザー」

「があああああああぁぁっ!」


 視界が赤く染まり、思考が白く塗り潰される。


「あらあら。弱すぎて、再炎症を起こしたのかしらね」

「……面倒くさい。今からエリちゃんに」


 その瞬間だった。

 秋人の体が跳ね上がる。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!」


 秋人は巨大な金属を口に咥える。


(……あ、これ。魅兎を抱えた時の。ま、いいか)


 あの時のように、両手をアスファルトに突き立てた。

 人間としての直立を捨てた、形。

 しかし、完成された四つ足の構えで駆ける。


「ディジーザー化……。……うん。ヤバいかも。そっちに」

「……あら、ついにディジーザーに、犬ディジーザーに成り下がりましたのね」


 形態はまだ人のまま。でも、動きは炎症を起こした邪歯のソレ。


 レイは上空へ逃れようとする。


「私のせいではございませんわよ。この鬼は……え? なんですの?」


 鳥トリーテッドを、獣の眼光が射抜く。


 傷ついた兎を背負って夜の山道を疾走した時と同じ。

 あの理屈を超えた異様な感覚が、彼に


 ──壁を走らせる。


 ドォォン!


 壁面を爆ぜさせ、秋人は更に跳躍した。

 向かったのはレイではなく、医院の隣に建つ五階建ての雑居ビルの壁面だ。


「な……っ!? 壁を……!?」


 垂直な壁に対し、秋人は重力を完全に無視して四肢の爪を立て、弾丸のような速度で駆け上がっていく。


「文ぃぃいい! 俺は理性持ってんぞっ!」


 一歩ごとにビルの外壁のタイルが砕け散る。

 凄まじい脚力が秋人の身体を空へと押し上げた。


「…………ふん?」

「高さが足りないなら、そこまで行くだけだろっ!!」


 屋上付近まで駆け上がった秋人は、そこから真横の空中へ跳んだ。

 月光を背にした「酉」の懐へ、地の底から這い上がってきた「戌」が、死に物狂いの牙を剥いて肉薄した。


 予想だにしない方向からの野生の強襲に、レイの優雅な翼が初めて大きく乱れた。


「エリちゃん、大丈夫らしい。 ま……頭は悪いけど、盾よりはマシらしいね」


 秋人の背中に向かって、文が解析端末を叩きながら不敵に笑った。

 上空で迎撃の態勢をとる小鳥遊レイは、冷ややかな瞳で迫りくる秋人を見下ろす。


「地を這う犬が、少し高く跳んだ程度。……また風で弾き返してやりますわ」

「――っていうかさぁ! さっきから見てりゃ、お前はどう見ても鳥じゃねえだろ!」

「まーだ言ってるよ、あのバカ……」


 地上で迎撃態勢を整える文が、額を押さえて絶句する。

 だが、上空のレイは違った。


「無礼なっ」


 挑発に真正面から乗ってしまい、灰がかった髪を激しくなびかせた。


「 私は気高き酉、太陽を呼ぶ華麗なる瑞鳥……! 不浄な地を這うあなた達とは、存在の格が違うんですわ!」

「格もクソもあるか! お前のどこをどう見たら、鳥なんだよっ!」

「ここをこう見たら、鳥ですわっ」

「だったら、なんでっ! そんなに都合よく服を着てられるんだよ!」

「……は……い?」


 秋人はさらに別の壁を強く蹴る。

 レイの側頭部を掠めるような軌道で、跳躍しながら吠えた。


「理屈に合わねえだろ! 普通、そんなバカデカい翼が生えてくんだったら、服なんかバリバリに破けて裸になんなきゃおかしいだろ! なんで脱げねえんだよ、絶対におかしいだろ!」


 それはそう。

 トラディジーザーも、紙凪魅兎も、服が破けていた。


「は、は、は、ハレンチですわ!! 万死! 万死に値しますわ、この不潔な犬歯男!!」

「あぁ、あれか? 鶴のトリーテッド……。機織りの異能かよっ!」


 レイの高慢な顔が羞恥と激昂で真っ赤に染まった。

 翼の羽ばたきのバランスが大きく乱れる。


 その瞬間を見逃さず、地上では文が不敵に口角を上げた。


「……ま、ナイス囮。あのお嬢様、純粋すぎて思考停止したらしい」

「ふみくんっ!」


 そこに急いで駆けつけた、古川絵里奈が巨大な何かを投げた。


「ナイス、エリちゃん。使う相手が変わったけど」


 それは、歯科器具の何か。

 それをバズーカのように巨大化させたような、異様な形状の駆動武器だった。


「ワックスはもう終わり。ここから、反撃に出るよ」


 文がスイッチを入れる。

 カチカチカチカチカチ……


 高周波を上げ、何かが動き始める。


「秋人、そのまま攪乱しなよ! その瑞鳥様の、自慢の脚を磨いてあげるからさ!」


 文は巨大バズーカを担ぎ、レイの死角へ向かって滑り込むように走り出した。

 激化する戦場に、歯科器具の駆動音と、秋人のデタラメな叫びが交錯する。


「鳥かどうかは、俺が決めるっ! 裸になって証明してみせろよ! その翼が本物だってよぉ!」

「黙りなさいまし! この……この狂犬病!!」


 怒りで我を忘れたレイの鋼の趾が、秋人を仕留めんと大きく振り抜かれた。

 怒りの矛先は完全に秋人へと向けられた。

 レイは空中で身を翻し、弾丸のような速度で秋人の進路を塞ぐ。


「……やはり、与那国所長とそんなハレンチな話をしていたんですのね。彼のような方が、死の間際まであなたを意識していた理由が分かりましたわ」

「だから、なんの話だよ! そもそも、俺たちはあいつの悪事を暴いただけだっつーの!」

「鷲羽山先生に言われて、渋々動かされていたのでしょう? 先生の慈悲を、そんな風に歪めて解釈するなんて……」


 秋人はビルの壁を蹴り、レイの猛攻を紙一重でかわしながら怒鳴る。

 文は下で待ち構えるが、「あのバカ」と嘆息した。


「うるせえ! 俺はあいつを臭いで探したんだよ! お前だって知ってるだろ、犬の鼻を! ……っていうか、それ本当に服なのか? さっきから胸元はだけすぎだろ、戦う格好じゃねえぞ!」

「はっ……ハレンチな! そういうドレスですわよ! これだから美意識の欠片もない庶民は……!」


 レイは顔を真っ赤にしながら、空中で鋭い旋回を見せる。


「所長の最期の記録にはありましたわ。姿を見せない協力者と、犬にしか分からない特殊な『臭い』を使って密談を重ねていたと」


 その瞬間、秋人の動きが止まった。


「それがあなたでないのなら、誰だというのです! そんな芸当ができるのは、あなただけですわよ!」


 壁を蹴ろうとした足が、微かに震える。


「……は?」


 一瞬の隙。

 鋼の趾が秋人の肩口を容赦なく掠め、肉を削ぎ、鮮血が夜の闇に飛び散った。


「ぐっ……!」

「隙だらけですわ! 逃がしませんわよ!」


 だが、秋人は肩の激痛に顔を歪めながら、反撃する手を止めた。

 

 そして「あおおおおおおおおおおん!」と


 飛ぶ鳥を見据えて、ハイパーボイスで

 大音量の遠吠えのような、声を上げた。


「ちょぉぉぉぉぉぉっとっ!待て! 待って待って!」

「な、なんですの。うるさいですわ。 さては両手を塞がせて、わたくしの飛行能力を奪うつもりですわね」


 小鳥遊レイは騙されまいと、距離を取る。

 秋人は気にせず、目を丸くした。


「犬にしか分からない臭いでコンタクトをとってたって言った?」

「ええ、そうですわ! その犬歯が何よりの証拠ですわ!」


 秋人の突拍子もない問いに、地上の文がピクリと反応した。

 そして、レイの表情がわずかに強張る。


「そこだよ。そこっ! 犬のトリーテッドって、この世界に俺だけじゃないだろ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。