第33話 宝箱回廊――周回者たちの静かな狂気
迷宮の中層に差しかかった頃、空気が変わった。
それまでの単調な石壁と分岐の連続とは明らかに違う。通路は整然としており、部屋の配置にも一定の規則性がある。何より――宝箱の数が異様に多い。
「……ここ」
アイリスが足を止める。
視線の先には、扉のない小部屋。その中央に、ぽつんと置かれた宝箱。
さらに、その奥にも同じような部屋が連なっているのが見える。
「……多いな」
ガルドが眉を上げる。
「宝箱階層」
アイリスが短く言う。
「そのまんまだな」
「ドロップ狙いの場所」
リーナが静かに周囲を見渡す。
敵の気配は薄い。代わりに、罠の密度が高い。
そして宝箱。
「……どうする?」
ガルドが問う。
アイリスは迷わなかった。
「周回する」
「やっぱりか」
ガルドが苦笑する。
だが反対はしない。ここまで来て、見逃す理由はない。
「全部回収」
リーナも短く同意する。
三人は、すぐに動き出した。
最初の部屋。
宝箱一つ。
だが、当然のように罠が仕込まれている。
「床、沈む」
リーナが一歩前に出て止まる。
「横、来る」
ガルドが壁を軽く叩く。
アイリスは頷き、手早く対処する。
石を投げ、床を落とし、矢を誘発させる。爆発系は事前に処理。
無駄がない。
数秒で安全を確保する。
「開ける」
中身は――小さな魔石。
「……まあまあ」
アイリスはすぐにアイテムボックスへ収納する。
「次」
テンポが速い。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
宝箱は連続して配置されているが、罠の種類や配置は微妙に違う。
だが三人は止まらない。
「上から落ちる」
「回避」
「横、二連」
「処理」
短い言葉で連携が成立する。
ガルドが前に出て受け止め、リーナが遮断し、アイリスが解除と回収を同時に行う。
動きに迷いはない。
「……これ、慣れてきたな」
ガルドが呟く。
「パターンある」
アイリスが答える。
「完全ランダムじゃない」
「つまり覚えゲーか」
「そう」
進むほどに、処理速度が上がっていく。
最初は慎重だった動きも、次第に“作業”へと変わっていく。
宝箱を見つける。
罠を読む。
処理する。
開ける。
回収する。
次へ。
その繰り返し。
「……なんか、戦闘より忙しくねぇか?」
ガルドが苦笑する。
「効率いい」
アイリスは淡々と返す。
実際、収穫は大きい。
魔石、装飾品、素材、武器。
中には珍しいアイテムも混ざっている。
「……これ、売ったら結構いくな」
「いく」
アイリスが即答する。
さらに進む。
同じような構造が続く。
だが、その中で――
「……大きい」
リーナが言う。
通常より一回り大きい宝箱。
「レア枠」
アイリスの声が少しだけ低くなる。
「罠も強い」
「だろうな」
ガルドが構える。
慎重に観察する。
床のわずかな歪み。
壁の隙間。
天井の影。
「……四つ」
「増えたな」
だがやることは同じだ。
一つずつ処理する。
時間をかける。
そして――
「開ける」
中には――
指輪。
淡い光を放つ。
「……いいやつ」
アイリスが小さく言う。
「当たりか」
「当たり」
すぐに収納。
そしてまた次へ。
気づけば、時間の感覚が薄れていた。
何個開けたのかも分からない。
ただ、動き続ける。
「……何周目だ?」
ガルドがぼそりと呟く。
「分からない」
アイリスは即答する。
「まだ回る」
「まだやるのかよ」
だがその声に嫌気はない。
むしろ、どこか楽しんでいる。
リーナも無言で頷く。
「……続ける」
三人は止まらない。
宝箱を開け続ける。
罠を処理し続ける。
ドロップを回収し続ける。
それはもはや戦闘ではなく、“周回”という作業だった。
だが――
その作業は確実に力となる。
装備が整う。
資金が増える。
選択肢が広がる。
そして何より――
「……楽しい」
アイリスが小さく呟く。
単純な繰り返し。
だが、それを最適化し、効率を突き詰める。
その過程そのものが、彼女にとっては価値のあるものだった。
「……まあ、分かるけどな」
ガルドも苦笑しながら同意する。
リーナは静かに次の宝箱へ向かう。
三人は進み続ける。
宝箱階層という名の回廊を。
尽きることのない報酬と、終わらない作業の中で。
静かに、確実に、力を積み上げながら――。




