第32話 血を喰らう刃と宝箱の罠
迷宮の探索は、順調に進んでいた。
敵の強さは確かに高い。だが、アイリス、リーナ、ガルドの三人にとって、それは“脅威”ではなく“効率の良い獲物”に過ぎなかった。
罠も同様だ。床の沈み込み、壁の矢、天井からの落石。いずれも初見であれば危険だが、三人はその気配を敏感に察知し、ほとんど立ち止まることなく回避していく。
そんな中で――
「……止まって」
アイリスが足を止めた。
その声は小さいが、確信に満ちている。
ガルドとリーナも即座に反応し、動きを止めた。
「どうした?」
ガルドが低く問う。
アイリスは前方を指差す。
「……あれ」
視線の先。
そこには、一つの宝箱があった。
石造りの台座の上に置かれたそれは、いかにも“いかにも”な存在感を放っている。
周囲には敵の気配はない。
だが、それが逆に不自然だった。
「……怪しいな」
ガルドが腕を組む。
「罠、ある」
リーナが短く言う。
アイリスは静かに頷いた。
「確実にある」
むしろ、“ない”ほうが不自然だ。
宝箱が単体で置かれている時点で、それはギミックの一部と考えるべきだった。
「どうする?」
ガルドが問う。
「開ける」
即答。
「……だよな」
予想通りの答えに、ガルドは苦笑する。
アイリスは一歩前に出る。
だが、すぐには触れない。
周囲を観察する。
床。
壁。
天井。
そして、宝箱そのもの。
(視線誘導……圧力反応……魔力感知……)
情報を整理する。
やがて、わずかに口元が動いた。
「……三重」
「は?」
「罠、三つある」
ガルドが顔をしかめる。
「多いな」
「普通」
アイリスは淡々と言う。
まず一つ目。
「開けた瞬間、床が落ちる」
「分かりやすいな」
二つ目。
「横から矢が来る」
「セットかよ……」
三つ目。
「宝箱自体、爆発する」
「盛りすぎだろ!」
ガルドが思わず声を上げる。
リーナは静かに宝箱を見つめている。
「……壊す?」
「ダメ」
アイリスは首を振る。
「中身、欲しい」
それが結論だった。
ガルドは深く息を吐く。
「で、どうすんだ」
「順番に処理」
シンプルな答え。
アイリスはアイテムボックスから石を取り出す。
「まずこれ」
軽く投げる。
宝箱の前の床に当たる。
その瞬間――
床が崩れ落ちた。
「……ほんとだ」
ガルドが呟く。
穴が開くが、すぐにアイリスが別の板を取り出し、足場を作る。
「次」
今度は棒を取り出し、宝箱の蓋を遠隔で開ける。
すると――
横から矢が飛び出す。
だが、それは空を切るだけ。
「……二つ目」
「順調だな」
最後。
アイリスは少し考える。
「……これ」
アイテムボックスから取り出したのは、ただの石。
それを宝箱の中に投げ込む。
次の瞬間。
爆発。
だが、規模は限定的で、周囲には影響がない。
「……終わり」
煙が晴れる。
宝箱は無事とは言えないが、完全には壊れていない。
「開ける」
今度は直接手を伸ばす。
慎重に蓋を開く。
中には――
一振りの短剣が入っていた。
黒い刃。
どこか禍々しい光沢。
「……ナイフ?」
ガルドが覗き込む。
アイリスはそれを手に取る。
瞬間、情報が流れ込む。
「……バンパイアナイフ」
「バンパイア?」
リーナが首を傾げる。
「吸血効果」
アイリスは短く説明する。
「攻撃時、対象の血を吸収する」
「戦闘向けだな」
ガルドが言う。
だが――
アイリスは、少し違うことを考えていた。
「……これ」
ナイフを見つめる。
刃の形状。
血を吸う性質。
「使える」
「何にだ?」
ガルドが聞く。
アイリスは顔を上げた。
「血抜き」
一瞬、沈黙。
「……は?」
「外で狩った時に使える」
真顔。
「効率いい」
「いや待て」
ガルドが思わずツッコむ。
「用途がそっちなのか!?」
「当然」
リーナも小さく頷く。
「……便利」
「お前もかよ」
ガルドが頭を抱える。
だが、確かに理にかなっている。
血抜きは肉の質を左右する重要な工程だ。
それを効率よく行えるなら、価値は高い。
「……まあ、確かに便利か」
納得してしまう自分に苦笑する。
アイリスはナイフを軽く振る。
「あとで試す」
「戦闘で使わねぇのか?」
「優先度低い」
「そうか……」
価値観が少しずれているが、今さらだ。
三人は再び歩き出す。
宝箱一つでも、発見はある。
戦闘だけではない。
迷宮は、まだまだ未知に満ちている。
そして――
アイリスの手には、新たな“調理器具”が加わったのだった。




