27.セオドア視点
アリアは鼻で笑った。まるで、それがどうしたと言わんばかりに。
「むしろ、私が呪ったことで他の悪魔の侵攻を防ぐ形になったから、見守るだけにしているんでしょう。時の流れるまま、自然のあるがままにというのが彼等のやり方よ。世界の危機が人間同士の諍い程度ならば、あるがままの出来事として受け止める。悪魔が関与してさえいなければ、何もしないのが神だもの」
それが事実ならば、前にアリアが暴れた際に何もしてくれなかったのは何故なのか。悪魔を殺した咎で悪魔に惨殺され呪われた人類を何故救っては下さらなかったのか、と疑問を抱いていると、皇帝陛下が躊躇いながら口を開いた。
「神が人類を見捨てたのは……我々が、貴女の弟を殺してしまったからでしょうか。王女の記述には、貴女の弟は悪魔にしては心優しい悪魔だったと記されています。神は、その悪魔を歓迎していた、とも。しかし、多くの人類はそれを許さなかった。神の意志を知るのは王女だけだったため、悪魔を殺すべきだという人類の総意に王女も抗えなかったと書かれています。もしもそれが本当ならば、殺してはいけない悪魔を殺してしまったため、神は我々を救っては下さらなかったのではないかという説が浮上するのですが」
何故、皇帝陛下がアリアの弟のことを知っているのか。人間かぶれの意志の弱い弟だったと彼女は言っていたが、殺した悪魔についてはほとんど伝えられていない。ただ、王女が神力を使って悪魔を倒したということしか一般的には知られていなかった。
神が、悪魔を歓迎していた? 王女は神の意志を知っていただと? 次から次へと出てくる真実に困惑する。それが事実ならば、我々は本当に大きな過ちを犯したということになる。
アリアは鼻で笑った。皇帝陛下に対してではなく、心優しい悪魔だったという部分に。
「アレはただの腑抜けよ。悪魔が残酷ではないなんて有り得ない。悪魔に生まれた以上、悪魔としての義務がある。役割を受け入れず抗うから、汚名を注がれるのよ。人間の手で殺されるなんて、屈辱以外の何物でもないわ」
「だが、役割というのならば、あの子はちゃんと魔王陛下の役割を真っ当しているじゃないか」
「何処が? あの腰抜けのせいで、デニスにどれほど嫌味を言われたことか。私の落ち度でもあるまいし、腹が立つ」
「奴が君に嫌味を言うのはいつものことだろう。アレは、君を魔王陛下の翼から引きずり下ろしたいのさ。自分こそが魔王陛下の片翼に相応しいと信じているからね」
あいつ如きが私を押し退けることなどできない、とアリアは憤る。その上で、神に見込まれるなんて悪魔の恥さらしだ、と弟のことを蔑んだ。悪魔としての気位が高い彼女にとって、品位を落としているように思えてならないのだろう。
「神にとってもとんだ誤算だっただろうね。数で圧倒する我々悪魔との戦いを減らすことができるかもしれないと期待していた悪魔を人間が殺してしまったのだから。アリアの怒りを誘発した責任を取る形で、神はあえて何もしなかったのだろう。彼等とて、君との全面戦争だけは避けたいだろうからね」
まさか、神がそのように考えて人類の救済を行わなかったなんて。いや、そもそも王女に対して悪魔を殺さないよう伝えていたとしたら、それを無視した人類の罪は大きい。そのことが元で見放されたとしても文句など言えなかった。
アリアの性格を知る今だからこそ言える。彼女は無慈悲な悪魔ではない。人間を見下してはいても、問うべき罪のある者か否かを見極めて罰を与えている。そんな彼女の逆鱗に触れ、滅亡寸前まで追い込まれたのは、偏に人類の傲慢さが招いた結果だ。
彼女は常に正しい。何故、悪魔でありながら悪魔らしからぬ言動をするのか。知れば知るほど、悪魔よりも人間の方が悪魔に思えてしまう。
アリアは、悪魔の言葉に感慨も覚えず聞き流す。
「神のことなどどうでもいい。私の復活を阻んだのが小娘の独断か、悪魔の差し金か。それによって与えるべき罰が変わるだけ。この小娘にこれ以上聞いても無駄だわ。生かして繋いで置きなさい」
侍女に指示すると、転移の魔法で女と共に姿を消した。それを見届けることなく皇帝陛下に視線を送ったアリアは、完全に力が戻っていないことを理由に一部の呪いだけを解除すると言った。
人類が永遠に発展も望めず、また魔法も使えないままだったのを解除すると言う。
「これは、あの小娘をここに止め置いていたことへの褒美よ。他は私が力を取り戻せたら解いてあげる」
「しかし、この程度のことで許されて良いのでしょうか?」
2000年もの間悩み続け、償いの方法を模索し続けてきた王族にとって、人類の罪を贖うにはあまりにも軽いものだと思っているのだ。当然、私とてそれは思う。決して許されたくないからではなく、許されるためにすべきことを何もしていないと思っているから。
しかしアリアは、そんな苦悩を気にも留めない。
「では、何ができると言うの? 神から貰った力も衰え、魔法を使えなくなって数千年。もはや脅威でもなんでもないお前達を滅ぼしたところで何の得にもならないのに、殺す意味はある? アレが殺されたのはアレの落ち度でもある。これからは、私の呪いがすべて溶けた途端に悪魔が襲来するでしょう。奴等の猛威に晒されながら生きて行くことが、お前達に科せられた運命だと思って頑張ることね」
神が再び力を与えたのならばそれもまた運命だ、とアリアは言う。問うべき罪を問うべき者にしか罰として与えない。まるで、神のような考え方だった。これが我々の認識する悪魔の本質だと、誰が思うだろうか。
神はとても遠い存在だ。とても近い所にいる悪魔の知られざる姿の一つが彼女だとしたら、すべての悪魔が悪ではないということになる。
しかし、彼女のような例が悪魔の大部分を占めているわけではない。恐らく、異例なことだろう。それでも彼女は確かに悪魔だ。問うべき罪を犯した者への無慈悲な罰は、人道に悖る制裁だった。
人では犯せない邪悪さを見せる姿は、確かに悪魔のそれである。
人類の贖罪は、これからなのかもしれない。図らずも悪魔の侵攻を妨げた彼女の庇護を失い、悪魔に脅かされるかもしれない未来。それに耐えて生きて行くことが、人類のこれからの戦いとなるのだろう。
私は、その戦いから離脱してしまっている。アリアの眷属になった瞬間から、私はもうただの人間ではなくなってしまったのだから。
アリアから聞いた、悪魔以外の者への眷属の種類は二つ。一つは系譜に授けるもので、最も眷属の数を増やしやすい反面、悪魔であれば誰にでも従う手駒となる魔族。もう一つは、魂を縛り付け何度生まれ変わろうともその悪魔への忠節を尽くす魔族。
どちらも悪魔への忠義を誓うことには変わりはないが、悪魔の意向如何で本人の意思に関係なく従わされる前者と違い、後者の主は己を眷属にした悪魔と魔王だけであり、それ以外の者の命に従う必要性もなく自我を失わされることもない。
私は後者だから、永遠にアリアの眷属として魂が拘束される。彼女の言葉が主命となるが、意思を奪われることはない。
もはや人ではない以上、騎士として王族に仕えることはできない。当然、すべて覚悟の上だった。アリアを選んだ瞬間に、私は人として築いてきたすべてを捨てると決めたのだから。




