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悪魔公アリア  作者: らんたお
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24.セオドア視点

 許可を得ても、皇帝陛下は頭を上げなかった。人類の滅亡が目前だと思っていたからこそ、許されないまでも謝意を伝えたかったからだ。だが、彼女にしてみれば皇帝陛下の謝罪など意味をなさない。

 そもそも、今回の件に関して王族に罪があるとは思っていないからだ。


「償いの機会をあげるわ。今回の件にお前達は関与していないし、大部分の人類も関与していないものね。私は、意味もなく殺しはしない。罪のある者だけ殺すの」


 悪魔が皆人を殺したがっているとは思わないで欲しいわね、と彼女は言う。その言葉に嘘がないことを感じたのか、皇帝陛下はゆっくりと立ち上がり、皇后陛下も皇太子殿下もそれに倣う。

 しかし、罪のある者だけという部分に引っ掛かりを覚えたのか、では何故許されるのかと尋ねられた。


「皇帝という位は、常に善行だけを行うには無理のある立場よ? 余程圧政を強いない限りは当てはまらないわね。ところで、歴代皇帝以外は私の名を知らないのかしら?」


 知っていたらアリアの名前を出して占い師を装うことにもっと警戒していてもおかしくはないのに、と彼女は言う。確かにそうだ。初めこそ分からないまでも、ここまでこちらの意図に気付いていたのなら後夜祭の宴に招待することにもっと慎重になっていたはずだろう。

 勿論、偶然の一致の可能性もないわけではないが、それでも悪魔の名前と同じということに警戒しないのは不自然だ。少なくとも、皇太子殿下も彼女を疑っていたはずなのに最終的には許可を出したのだから。


「えぇ、歴代皇帝しか知りません。魔王の右腕である貴女の名を知るのは、この世界で私ただ一人です」


 魔王の右腕という言葉に、更なる悲鳴が上がる。皇帝陛下が丁重に相手をし、その存在を肯定する。受け入れがたい事態に、皆怯え切っていた。

 彼女は、マントを脱ぎ捨て魔法で髪と瞳の色を変える。本来の、燃えるように赤い姿へと。


「お前達人類を許してやってもいい。その代わり、私の復活を阻み、ベアトリスを殺したこの小娘は貰っていくわね」

「!? いやっ、助けて!!」


 ベアトリスの姿を見て恐怖したのか、床に崩れ落ちて立ち上がれなくなっていたあの女の左腕を掴んで無理やり立たせるアリア。相手が悪魔だということを理解しているか否かに関わらず、掴んでいる腕に爪を立て逃げようとする女に、剥き出しの腕は傷付けられていく。

 傷を付けるなと、あれ程言ったのに。駆け出していたのは、無意識だった。


 思わず女の右手を掴み、捻り上げる。一瞬悲鳴を上げたが、私の形相に驚いて息を呑んだ。これ以上、トリクシーを傷付けることは許さない。お前のせいで死んだ彼女を更に傷付けようなどと、この私が許すものか。

 怒りが収まらず、思わず手に力が入る。苦し気に、名前を呼ばれた。


「テッド、どうして」

「その名で呼ぶな!!」


 私をそう呼んでいいのはトリクシーだけ、決してお前ではない。怒りが大きすぎて、耳鳴りがする。感情を制御できない。

 そう思っていた時、女の首と手首に黒い鎖の様な物が巻き付く。そのままそれは女を座り込むまで下に引っ張り、女の周りの床には黒い魔法陣のようなものができていた。


「悪魔の力のお陰なのかしらね? 抵抗するとは思わなかったわ」


 これで大丈夫でしょう、と言いながら引っ掛かれた部分を魔法で治癒する。元に戻せるからと言って、何事もなかったかのように済まされては困るのに。しかし彼女は、そんなことなどどうでもいいのか、あの女とほぼ同じ目線まで顔を近付ける。


「お前、何処の悪魔と契約したの? 随分と中途半端な契約をしているみたいだけど」

「な、何を言って、いるの? あ、悪魔、だなん、て…知らない」

「じゃあ、お前のその魔法は何だと言うの? まさか、本当に神が与えた力だとでも?」

「そ、そうよ! 神様が私に与えてくれたの!! 優しき子だからって」

「神が、人間の欲望を叶えるために力を与えるわけがない!!」


 怒りではない。嘲笑(ちょうしょう)の叫びだ。恐らく、今までもそのような主張をする者達がいたのだろう。彼女は、人間という生き物は本当に簡単に騙される、と嘲笑(あざわら)った。


「神はね、世界の平和がすべてなの。世界を護る役目か、世界を救える者にしか手を貸さない。貸したとしても限定的で、完全なる庇護とは言えないけどね。逆に悪魔は、人間の欲望を餌食にする。欲深い人間に力を貸し、世を混乱に陥れ憎悪を増幅するの。殺し合わせるために」


 神の逆のことをするのが悪魔だと主張する彼女の言葉に、女は震えて言葉を失う。徐々に正気を失い、独り言を言い始める。声が小さすぎてよく聞き取れないが、違うそんなわけないと言っていた。

 恐らくもう大丈夫だろうと判断したのか、女を拘束していた魔法を消す。彼女が侍女の悪魔に目配せした途端、女が急に走り出した。標的にしていたのはドロレスだったが、寸でのところで護衛が割って入って難を逃れる。


「あんたが、あんた達が悪いのに、どうして私のせいになるの!? 神様がくれたの!! 私が幸せになるべきなのに!! なんであんた達ばっかりが幸せそうなのよ!!」


 もはや正気とは言えない状態の女に驚いて、ドロレスは蒼白になっていた。このままではまずいと思っていたら、彼女の扇子から何かが落ちる。

 それは、見る者が見れば分かる。義賊の犯行現場に残していたあの黒鳥の羽根だった。どうして、彼女が持っている? 驚いて、思わず視線をアリアに向けそうになったが堪えた。

 何か理由があるのだろう。そう思っていれば、あの女が騎士の静止を振り切りそれを手に取る。


「これ、知っているわ。ダンに教えてもらった、義賊の羽根でしょう? 何で持っているの? 貴女、義賊と関係があるのね? そうなのでしょう!! あの女の友達だから、私の協力者を捕らえたのね!? そうに違いないわ!!」


 正気をなくし、叫び続ける。しかしその内容は、とても核心に迫るものだった。だが今一つ、決定的なことは言わない。計算して言わないようにしているのか、後もう少しの所で留まっている。

 アリアはゆっくりとあの女に近付いていく。女から羽根を奪い返し、ドロレスに渡した。


「これは私があげたものよ。あの黒鳥の羽根はただの見せかけ。あれが本物の私の羽根よ」


 言いながら、背中に真っ黒な翼が現れる。真っ黒の両翼を羽ばたかせ世界を吹き飛ばした、そう伝え聞く悪魔の姿そのままに彼女はそこにいた。翼から放たれる魔力に息ができず、ほとんどの者はその場に蹲ってしまう。

 しかし、何故かドロレスやその周囲は無事だった。あの羽根のお陰で護られているのだと、眷属になった私は理解する。


 あの女も、悪魔と契約しているお陰か無事だった。ただ、目の前で起きていることに頭が追い付かないのか、唖然としている。


「悪魔や神はね、肉体を持たないの。その高い魔力があれば、肉体を作ることなど造作もないから。だからこそ、魔力を消費してしまえば肉体を保てなくなる。失った魔力を休眠で回復させ、再び力を取り戻し復活するには、一度人間の人生を生きなければいけない決まりなのよ。それをお前が邪魔した。それがお前の罪だ」


 女の目の前に迫り、犯した罪の大きさを自覚させる。しかし、もはやどれ程の正気を保っているかは分からない。それでも、彼女は問う。


「言いなさい。お前の背後にいる悪魔は誰なの? 上位悪魔の復活を阻むだなんて愚行を犯す愚かものは、八つ裂きにしてくれる」


 女は答えなかった。震えるばかりで、言葉を発することができなくなっていたのだ。無駄だと分かったのか、彼女は追及を諦めた。

 牢に閉じ込めて置けば直に分かる、と。


「初めは魔力を行使している相手の寿命を取っていたみたいだけど、ベアトリスを標的にし始めてから魔力の使用者の寿命だけを奪い始めたのよね。悪魔の目的が変わったんでしょうけど、お陰でこの子はそう長くないわ。悪魔との契約は代償が付きものだから、きっと壮絶な死に様になるわよ。その時になれば、相手の悪魔の追跡もしやすくなるでしょう」


 何でもない事のように呟いて、彼女は翼をしまった。この程度の魔力で気絶する者がいるなんてと見渡すことなく言うと、皇帝陛下に再び、貰っていくわよと念を押す。若干の疲れを帯びた表情で、悪魔の力を行使され持て余していました、と皇帝陛下もそれを了承する。

 侍女の悪魔が女を捕まえたその時、急に室内が凍るように寒くなった。


「随分と楽しそうな余興だねぇ?」


 冷気の原因は、頭からつま先まで不気味な魔力を纏い、入り口の扉と我々の間に立っていた。

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