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悪魔公アリア  作者: らんたお
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23.セオドア視点

 フィッシャー夫妻とキッシンジャー夫妻が宴に来てしまったことに驚いたが、ドロレスの決意をその瞳に感じ、すべて覚悟の上であることを察した。これ以上危険な目には合わせたくなかったというのに、やはり彼女もトリクシーの友人なだけあって信念が強い。

 控えめな性格の中に決意が滲む。誰がその決意を止められようか。


 慌ただしく配置を変えていると、とうとう一般市民を会場に入れる頃合いとなった。その前の身体検査をどう切り抜けたのかは分からないが、悪魔だからなんとかしたのだろう。

 一度顔を見ればトリクシーであると分かってしまうが、上手くかわしたからこそ騒ぎにもならずここまで来たのだ。今回も侍女を連れている。あの侍女には表立って不審な点はないとは言え、占い師の意向に沿うように彼女も会場に入れることを受け入れたことには驚く他ない。


 そもそも、声を聞いて気付いてしまう者がいないよう配慮した結果、侍女を通してからしか発言しないという事に決めただけだったのだが、逆にそれが謎めいた占い師という好印象を与える結果となった。

 二人で一つという印象を与えていたお陰で、連れ立って入り込むことができたのだろうが、決して疑念が晴れたわけではないだろう。


 皇太子殿下は、占い師の背後を疑っていたとアリアから聞いた。私達を疑いながらもここまで策を遂行できたのは、もっと上の方の意向が反映されているように思えてならない。

 すべて分かった上で、私達の作戦を滞りなく行わせて下さったのか。これから何が起こるかも知らずに、あえて私達の策に乗って下さる。有り難くて、そして申し訳なくて、堪らない。


 これから起こることは、人類への試練だ。勿論、この事件に加担していない限り見逃すと言っていたから大半の人類は無事でいられるだろう。

 それでも、我々が長年苦しみ続けてきた、神への信仰心と悪魔への贖罪という両極端への葛藤が、更に深まることになるのだ。長い時を生きるうちに薄らいでいたその事実を思い知らされることとなる。恐怖と共に……






 彼女を先頭に、パン屋の職人、花屋の売り子、屋台の店主、孤児院の者など、総勢八名が中央まで進む。恭しく床に付くほど首を垂れる他の者達とは違い、彼女だけ異国の使者のように片膝をつき右手を左肩に添える挨拶をする。

 侍女もそれに倣い挨拶すれば、帝国式の一般市民の挨拶ではないことに動揺の声が広がったが、それを皇帝陛下は右手を上げることで制し、黙らせた。


 あれが悪魔式の挨拶なのかどうかは分からないまでも、少なくとも片膝をつく騎士の様な挨拶は一般的なのだろうことは侍女の悪魔の行動から知っていた。人間相手に首を垂れる。それは彼女にとっては屈辱的なことかもしれないが、それもすべて作戦のため。分かっているからこそ大人しくしていた。


 皇帝陛下から労いの言葉と、起立の許可を得て立ち上がる。いつもの如く目深に被ったフードで顔を隠したままの彼女は、皇帝陛下のお言葉に対して感謝の意を示すお辞儀をして、侍女が感謝を述べた。

 いつもと変わらぬやり取りだが、どこからか不敬だとの声が聞こえる。その言葉に臆することなく立っていた彼女の元に、彼女以上の不敬をやらかす者が近付く。


「まぁ、貴女が占い師なのね? 陛下、私この方に占って頂きたいですわ」


 前代未聞だと言えよう。愚かにもあの女は、謁見の最中に乱入したのだ。彼女へと向いていた不満は、すべてあの女へと向かう。

 本当に愚かだ。己が何をしてしまったのか分かっていない。お前のことを最も恨み憎むものが、目の前にいることなど気付きもしないのだから。


 それに対して皇帝陛下は許可を出す。余興と思って聞こうとおっしゃったのだ。だが、彼女は女を無視し、皇帝陛下を見る。

 侍女の力を借りず、彼女は自ら発言した。


「皇帝陛下、この帝国の未来も人類の未来も安泰です。しかし一つ、不安なことが。この王宮内に、悪魔に呪われた者がおりますね?」


 皆がその発言にどよめいた。悪魔という言葉は禁句に近い言葉だ。かつてこの世界を地獄に落としたのが悪魔なのだから当然のこと。だが、その悪魔が正に彼女だとは誰も思わないだろうが。

 皇帝陛下は動揺の色を見せてはいないが、すぐには静粛にさせない。しかし、発言の内容を受けて危険性を感じたのか、第一騎士団や第三騎士団が彼女の前に出た。

 悪魔信仰家だとでも思ったのだろう。他の一般市民もあの女も下がらせて、彼女と侍女を中心に取り囲む。


 しかし皇帝陛下は、落ち着いて話を聞いた。


「それは一体どういう意味だろうか?」

「知らないとは言わせないわよ? その小娘からは悪魔の気配を感じる。だから、檻に閉じ込めたのでしょう?」


 完全に普段の口調になった彼女を見て、取り囲んでいる騎士団達は抜いていた剣を首元に近付ける。それ以上刺激するなと心の中で思うが、どうやら彼女は気にしていない様子だった。

 人間相手ならば、赤子の手を捻るも同然だからなのだろうか。彼等もそれなりの実力者だが、彼女に威圧されていた。


 そんな騎士達を見て、オークウッド卿が前に出る。さすがに経験値が違うだけあって、圧倒されずに彼女の目の前に立つ。臆することなく彼女のフードを外して、目を見開いていた。

 その姿を目の当たりにした騎士や、騎士の合間から伺い見た者達の息を飲む声が響く。静寂の中の驚きに、彼女は不敵に笑う。


「お前、随分と頭の切れる男みたいね。だけど、さすがにベアトリスが生きていたとは思わなかったでしょう? まぁ、正確には死んでいることには違いないんだけど」

「どういう、ことだ」

「あの日、ベアトリスは男達に抑えつけられて絶望し、恐怖から呼吸困難になって死んだ。ただ気を失っただけだと奴等は思っていたみたいだけどね。その後、私の怒りが奴等を炎に包んで、のた打ち回りながら死んだのよ。あの炎は私の怒りそのもの。お前達人間如きに消せやしないわ」


 彼女の言っている意味を正確に理解できない他の者達は、混乱と恐怖に包まれていた。ドロレスが悲しみからよろめいたが、キッシンジャー伯爵と護衛に付けた騎士が支えて崩れ落ちるのを止める。

 だから、宴には来ないよう伝えたのに。もしものことがあったらどうするつもりなのか。


 オークウッド卿はすぐに持ち直し、ならばお前は誰だと問う。それを待っていたかのように微笑んだ彼女は、オークウッド卿の頭上を越えて、皇帝陛下を見ながら言った。


「私の名はアリア。悪魔公アリア。許しを請うべき悪魔の名を忘れたとは言わせないわよ?」


 ざわめきが一層大きくなる。しかし、問われた皇帝陛下はどこまでも冷静だった。悪魔がこの世界を滅亡させかけたことは有名だったが、その名を知る者はいない。

 それを忘れたとは言わせないと言うからには、王族は知っていたということなのか?


 私も知らない事実に、思わず皇帝陛下を仰ぎ見る。陛下はゆっくりと椅子から立ち上がり、一歩一歩段を下りて近付いてきた。後を追うように皇后陛下や皇太子殿下、階下で控えていたマクブライド卿もやってくる。彼女の前までやって来た皇帝陛下は、あろうことか頭を垂れた。

 あまりのことに皆が固唾を飲んで見守っていると、それに倣うように皇后陛下や皇太子殿下も頭を垂れる。


 私も動揺を隠せない。何故、そのように平伏すのかと。例え、人類が彼女の許しを得るまで解放されないとはいえ、そのために神への信仰心の象徴とも言うべき皇帝陛下がすることではない。

 その姿はあまりにも、見ていられないほどの痛ましさがあった。


「頭をお上げ。お前はこの国の皇帝なのでしょう。真偽も分からないものに簡単に頭を下げては駄目でしょう」

「私とて神力を持つ王族の末裔です。一目見た時から分かっていました。私達は滅びる運命なのですね?」


 その確信を持った疑問に、会場内に悲鳴が上がる。しかし恐怖のあまり逃げる者が現れないのは、偏に彼女から発せられている魔力に中(あ)てられて身動きができなくなっていたからだ。

 魔力を感じ取ることができなくとも、異常な空気を発していることは皆も分かっていた。彼女が普通ではないことは、明白なのだ。

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