22.ドロレス視点
「ドロレス、本当にいいのか? せっかく、身重だからと参加を見送って貰ったのだぞ?」
「分かっておりますわ、お父様」
「あの占い師だって、行かぬ方が良いと言っていたでしょう?」
お母様まで、心配げに見てくる。分かっているわ。恐らく、身重の私の体を気遣って参加しない方がいいと言っていたのよね?
フィッシャー伯爵家そのものの参加を見送るべきだというのもきっと、巻き込まないため。けれど、どうしてもこの目で確かめたいの。もう二度と、逃げたくない。微力だとしても、戦わせて欲しい。例え何もできなくとも、ただ守られるだけなんて嫌なの。
アディントン男爵令嬢は、フレッドのことをとても気に入っていたそうだから、私達を王宮から遠ざけるべきだと判断したのだろうと推測できる。彼女の息の掛かった場所に赴いて、何かあってはいけないから。
本当に、貴女はどこまで行っても優しいのね。もしかしたらセオドアの策なのかもしれないけれど、それでもそれを伝えてくれた事実は変わらない。
お願いだから、今度こそ傍観者のままでは終わらせないで。私を蚊帳の外に置いて、貴女ばかりが矢面に立つのはもう耐えられない。
フレッドと視線を交わす。私の決意を尊重するように、頷いて手を差し出してくれた。行きましょう。後夜祭の宴へ。
馬車が止まり、フレッドの手を借りながら降りる。今日、宴に赴いたのは、皇后陛下へのご挨拶を兼ねているから、早くから参加する必要はないと途中参加。今頃はダンスが披露されている頃でしょう。
ダンスが終われば、一般市民が皇帝陛下に謁見する行事が行われる。ゆっくりと、けれど急いで会場に入ろうとしていたら、セオドアが二名の部下を連れてこちらにやって来た。
「フィッシャー伯爵夫妻、キッシンジャー伯爵夫妻、お久しぶりです」
「ブラッフォード公爵、久方ぶりです」
父がセオドアと二言三言会話をすると、それにお母様も加わってにこやかに会話が成される。しかし、その視線が私達に向くと、心配げに見られた。
「ご出産が近いとお伺いしていましたが、お体の方は大丈夫なのですか?」
「心配して頂きありがとうございます。今は安定していますので、生まれる前に皇后陛下にご挨拶をと思いまして伺いました。もし叶うなら、皇帝陛下にもお会いして、感謝をお伝えしたいと思っておりまして」
憔悴した私を救い上げたのは、皇帝陛下が持ちかけて下さった縁談のお陰なのですもの。どれだけ感謝を述べても、伝えきれないでしょう。
けれど、直接会う機会などそうそうないお方。認めた手紙をフレッドに頼んで送ってもらったけれど、直接の感謝を述べられる機会が巡って来るようなことはない。結局今回もそれは叶わないかもしれないけれど、せめて皇后陛下を介してでも伝えられたらと考えた。
勿論、皇后陛下にお会いするのだって簡単なことではないのだけど、お母様が親しくしているお陰でお顔をお伺いする機会は他の令嬢に比べて多かった。いつも親切にして下さって、そういった経緯でベアトリスとも仲良くなれたのよね。
ここへ来たのもベアトリスのため、決して伝え聞かなかったわけではないのと視線に込める。彼はその意を汲み取ったのだろう。部下に指示を出していた。
「分かりました。それではご自宅に戻られるまで護衛を付けさせて頂きます。お前達、両ご夫妻に付け」
了承の意を示す二名は更に部下を呼び寄せて、少なくとも一人に一名ずつ護衛を付けた。そんなことは仰々しいと思ったお父様が断りを入れるが、セオドアは何気ない風にトリクシーの二の舞は御免ですので、と口にする。
それを言われてしまうと、何も言い返せない。勿論、護衛が居たとて守り切れたわけではないでしょう。けれど、あの時ベアトリスを一人で戦わせた状況と同じにはならないのだけは確かだわ。
護衛が居れば、私達が危害を加えられる可能性を少なくでき、また、ベアトリスの時のように私達が危害を加えた等とは言えなくなる。少なくとも、今この瞬間から帰るまでの間護衛がいれば、監視の目があるのと同じことになる。
ここ最近はまったく屋敷の外に出ていなかったもの。その間に私達が誰かに何かするという言い分も通らないでしょうしね。確かに、言われなき汚名を注がれることなどないでしょう。
けれど、それを思うにつけ、少し軽率だったかもしれないと思ってしまう。私の判断のせいで、不要な手間を掛けさせてしまったもの。けれど、本当に戦うつもりならば手数は多い方がいいでしょう? 確実に追い詰め裁くには、私のことも利用するべきだわ。
護衛なしには宴に参加させられないというセオドアの意を察した両親は、彼等を受け入れた。私付きの護衛は女性騎士だったため、時より気遣われつつ入場する。
女性が騎士になれるようになったのは、ここ数年のこと。淑女の鏡と言われたベアトリスが、少しだけ剣術や弓術を学んでいたためだ。剣術では男性相手に勝てるほどではなかったけれど、弓術に関しては才能があった。
動かない的にしか当てられないわと謙遜していたけれど、以前廃棄する器を執事に投げさせ、それを見事に射たことがある。軌道が分かっていたからできただけと、やはり謙遜したけれど、私に同じことができるかと言われれば無理だと答えるでしょう。
武を心得る女性がいてもいいという風潮の先駆けとなり、男性のみがなれると誰もが疑わなかった騎士の位に女性が参入し始めた。女性騎士の大部分が、女性の護衛を任されることが多く。男性騎士ならば着替えの最中には外に控えるけれど、女性騎士ならば同じ部屋の中で護衛ができる。
安全性と利便性の面からの採用は進み、どの騎士団にも女性騎士が数名所属していた。
まだまだ数は多くないとはいえ、ベアトリスがいなければ彼女も騎士になれなかったかもしれない。革新的なことも採用しつつ、古き文化も尊重する。彼女に憧れる淑女は増えていった。
けれど、当然その逆もいる。女性騎士の採用がなされることに風紀を乱す、と不快感を表す者達がいた。多くは、実際の騎士団の者というより、強硬派貴族。ベアトリスのことを一番煙たがっていた人達だった。
ベアトリスを淑女の鏡だと初めこそ論っていたのに、その理想とかけ離れた事をした途端、淑女たる者の在り方を熱弁し始める。ベアトリスが亡くなり、最も溜飲が下がっただろう者達がいたとしたら、確実に彼等だわ。
アディントン男爵令嬢は新興派だけれど、新興派の権力は強硬派には遠く及ばない。あんな悲惨な事件を起こせるほどの力を持っているのは……
万が一、裏で手を結んでいたとしたらどうなるだろう。ベアトリスさえいなくなれば、大きな権力はないとはいえ、皇帝陛下に最も信頼されていたアインツ公爵のことも排除できると考えていたのなら?
確証のない確信。けれど、ずっと考えていた。彼女の死を最も願っていたのは本当にアディントン男爵令嬢だけだったのかと。
アインツ公爵のことも、婚外子という理由で見下していたような人達だったもの。例えそうだとしても王族であることは変わらないというのに、お優しいアインツ公爵が笑って受け流しているのをいいことに付け上がっていたわ。
初めこそベアトリスのことも見下していたけど、淑女としての礼節を重んじる言動に態度は軟化していた。それが段々と、彼等の望み通りの淑女ではなくなってきて、表向きは仲良くしていても裏では嫌悪していたことを知っている。
社交界は、見聞を広げる機会であると共に足の引っ張り合いだった。例え事実とは異なる噂だとしても、一度流れればそれが事実となる恐ろしい場所。
噂をかき消すほどの清廉潔白さがあっても力がなければ、純潔を奪われた淑女として社交界を追われる女性達が後を絶たなかった。社交界を追われれば、二度と戻れない。ダンフォースに破談を言い渡された私とて例外ではなかったけれど、幸いなことに皇帝陛下が助けて下さった。
ベアトリスとていくつか噂を流されたけれど、誰一人それを信じなかったのは清廉さと力があったからだ。けれど、だからこそ力を削げぬなら、とあのようなことをしたのではないか、と思ってしまう。
勿論、だからといってアディントン男爵令嬢に味方したかどうかは分からないけれど、見て見ぬふりぐらいはした可能性があるのではないか、と思わずにはいられない。
絢爛豪華な社交界で、醜い野心と嫉妬が渦巻くのはいつものこと。けれど、そのために大切な人達が無念の内にその命を終えたというなら、私だって許せない。
だからこそ、貴方達がベアトリスの復讐をするというのなら、私も一緒にいるわ。私もベアトリスの敵を討ちたいのだから。




