17.グレゴリー視点
久しぶりの外出の様な気がする。今まで、外部の侵入を拒む城壁の中に囚われていたも同然に職務に追われていた俺にとっては、正に開放的な一時……となれればよかったんだが。
非番でも何でもなく、我らが第三騎士団の隊長であるオークウッド卿の付き添いで義賊の捜査を行っているだけだ。いつもの如く馬車馬のように働かされるだけなんだろうなぁと、落胆している。
目に見えて肩を落としているわけではないとはいえ、気迫のない俺の背中が無遠慮に叩かれた。その張本人は、言わずもがなオークウッド卿である。
「しゃんとせんか! まったく、しばらく見ぬ間に棒切れみたいになりよって」
「さすがに棒にはなれないですよ」
ほぼ鍛錬ができなかったとはいえ、決して鍛えることを怠っていたわけではない。執務のし過ぎで頭が回らなくなると、室内でできる軽い運動で心身を鍛え直すことぐらいはしていた。
俺の反論にも、口調に覇気がない覇気が、と文句を言われる。いや、曲がりなりにも公爵位の隊長に対して食って掛かるわけにもいかないんだから、これが俺にできる唯一の抵抗だったと思うんですけど。
まったく、豪気な気風は相変わらずだ。にしても、どうして急に俺を呼び出したのか。いつも、何かと理由を付けて俺に執務を代行させてくる癖に。
目深にフードを被った状態で、人目を気にしながら大通りを避けて路地をあっちへこっちへ。一体何処に行くつもりなのか。
着いたのは、とある酒場だ。中に入れば、特段変わったところのないごろつきが一杯引っ掛けるぐらいの普通の場所だった。店主に声をかけたオークウッド卿は、言葉少なげに意思疎通し、店主の案内で奥に通される。
食糧庫から階下の酒蔵へ向かうと、その奥の扉を見るよう目で合図された。一体何があるんだと扉を開けたら……複数の男達が、雪崩れ込む様に助けを乞うてきた。
「た、頼む!! いや、お願いですから助けてください!! し、死にたくないんだ。俺は死にたくない!!」
「私が先だ!! 助けてくれ!! 殺される!!」
「洗いざらい話すから、守ってくれ!!」
「お、俺はただ、言われた通りにやっただけなんだ!! 検閲を甘くして、あいつ等を城に招き入れただけ。俺は何も知らなかった。まさか、アインツ公爵令嬢が死ぬなんて、思わなかったんだ!!」
「!?」
アインツ公爵令嬢だと? ベアトリス嬢のことか。そう言えばこいつ、その一件以来妙に羽振りの良くなったあの警備担当の衛兵だ。泳がせていたはずだが、と驚愕しながら男を見たが、よく見れば他の男達も疑念を抱いていた貴族や商人達じゃないか。
未だ俺に縋りつく男達を無視して、オークウッド卿を振り返る。彼は面白い物を見たとばかりに笑った。
「随分と手厚い歓迎をされておるようだな、マクブライド伯爵?」
お婿候補は多そうだな、とからかってくる。そんなことを言っている場合じゃないでしょうに。いいから、何故彼等はこんなところにいるのかちゃんと説明してくれ。
その後、狼狽する彼等を部屋の中に押し戻したオークウッド卿は、酒蔵内に簡易的に作られた椅子に座りながら話してくれた。
「まぁ、義賊の目論見通りになっているって証拠だな」
狼狽えながら命乞いする彼等を見ていたら、確かに義賊の標的にされることを危惧して逃げ込んできたのは明白だったが、しかしどうしてこんな状況になっているのか。そもそも何故、彼等の身柄をこんなところに置いているのだろう。
いや、もしかしたらと思わないでもない。オークウッド卿が、千里先を見ると言われる所以は視力の良さだけではない。その観察眼と推理力に定評があるからだ。そして、そんな彼が言わんとする意味が分かる。薄々、そうではないかと思っていた。
「身内に裏切り者がいる」
真剣な表情で断言する。やはり、オークウッド卿の目は確かだ。そして、誰を一番疑っているのか分かってしまう。俺の心はそれを拒否していた。だが、最も可能性のある人物。
オークウッド卿は、あえてその名を口にした。
「セオドア・アディントン・ブラッフォード公爵、奴はどう見ても怪しい」
怪しい言動の数々を論われて、友人の立場としては庇いたくとも反証はなかった。裏切り者さえいなければ、巧妙に手元をすり抜けていく義賊の尻尾を掴めたはずだからだ。だが……
「セオドアが最も怪しいのは確かですが、あいつが義賊と結託していたとしても実行犯ではないでしょう」
「お前の言わんとする意味は分かる。奴には、犯行は不可能だ。第一、騎士道に劣る犯行ばかりだしな。奴ほど騎士道を重んじて苦悩する者も居らんだろう」
セオドアの騎士道精神を疑ったことはないというオークウッド卿に一瞬安堵するも、加担しているという嫌疑が晴れたわけではない、とその目は雄弁に語っていた。俺とて、疑わなかったわけではない。ただ、そうではないと思いたくてあえて考えないようにしていたのだ。
実はいくつか、セオドアには報告していないものがある。奴はそれを疑いもしなかったから、心のどこかで安心していたのだが。もし、捕まらないように捜査の進行状況を流していただけだとしたら?
そもそも、この義賊の行動には初めから疑念があった。非道な連中ばかりが狙われていたとはいえ、中には清廉潔白だと誰もが疑いもしなかった人物が被害者になっていたりするのだ。後々になって目も当てられないような狡猾な人物だったと知ることになったのだが、当然セオドアが知るはずもないような人物だったりする。
義賊の動きをすべて把握しておく必要もなかったとしたら? 陽動が目的であって、事件の結果にはさして興味はなかったとしたら? 初めから、義賊事件で帝国内に波紋が広がり、後ろ暗い人物が名乗り出るのを待っていたのだとしたら?
そうだと考えれば、自ずとこの事件の目的は絞られ、最重要人物は限られてくる。
「どの程度加担しておるかまでは分からん。ただ、情報を流しておることだけは確かだろう。だが、今のところ証拠はない」
「こちらも、泳がせますか?」
「はっ、さすが切れ者だな。わしの意図を汲み取るだけじゃなく、切り替えも早いとは」
「俺も騎士なので」
オークウッド卿が彼等をここに匿っているのは、偏に奴等が2年前の事件の関係者であり、その事実を白日の下に晒すことが目的だというならばそれを引き延ばして様子を見るためだ。いつまで経っても目的が達成されないと気付けば、何か綻びが生じるかもしれない。
しかし……
「セオドアともあろう者が、そんな協力者如きで終わるでしょうか?」
「お? 疑い出したら潔いな。とことん首謀者に仕立てるのか?」
「一番疑っているのはオークウッド卿ではないですか。大体、義賊の行動はとても簡潔で単純です。少々残忍ですが」
空かさず、少々どころではないがなと言われた。確かに、人を人とも思えぬ犯行と言えよう。まぁ、悪魔の力を借りている男爵令嬢もいるぐらいだから、何が起きてもおかしくはないだろうが。
拷問をされたのであろう人物や、薬漬けにされたのだろう人物、精神的に嬲られたのだろう人物等、とにかく犯行は様々で、異国の隠密がやりそうな手段ではあると言える。どいつもこいつも無残な姿で発見されているが、皆辛うじて生きているということが幸か不幸かと言ったところだ。
どこか、楽しみながら犯行を犯しているように思えてならなかった。そんな趣味はセオドアにはないし、実行犯自体はセオドアが最も嫌いそうな人物だと推定される。だが、短絡的な行動にも関わらず、緻密さが見え隠れする計画だ。実行犯と作戦を計画した者は別なのではないか、と思ってしまう。
そうであるならば、セオドアほど頭の切れる男はいない。振り払いたくとも、その疑念が首をもたげる。
「もし、セオドアが協力者ではなく共犯者なら、一つの作戦だけに賭けるでしょうか? もっと確実に事件の真相が明るみに出るよう、根回しをするのでは?」
「さすが、皇帝陛下が見込んだ男よ。で、お前さんはどの程度まで真相に辿り着けとる?」
ぐっと口籠ってしまう。というかな、俺はほとんど王宮から出られなかったんだぞ? どこまでと聞かれても、何も掴めていないとしか答えられないだろうが、と口にはしないまでも思っていると、それが分かっていてからかっている、というのは顔をする。
まったく、底意地の悪い上司だな。




