16.アルバート視点
秋の狩猟大会に向けての準備は、ほぼすべて整ったと言える。終わっていないものの中で今一番頭を抱えているのが、後夜祭の宴に呼ぶ一般市民についての案件だ。市民を呼ぶと言っても、呼ぶべき相手は公正に審査しなくてはいけない。
だが、その候補者の中に呼ぶべきか否か迷ってしまう者の名前があった。貴族から市民まで、相手を選ばず占うという占い師。報酬は相手の家格に応じて変えると言うから、市民の間でも有名になっている。
しかし、底が知れない相手だ。危険な人物ではないかどうか見極められないまま宴に呼ぶことはできないため探らせるも、全く情報が入って来ない。
安全かどうか分からないままでは無理だと却下するが、あろうことか皇后陛下が興味を示されている。なんでも、仲のいいご友人であるフィッシャー伯爵夫人から話を聞いて、是非とも会ってみたいと思っているようなのだ。
アディントン男爵令嬢も王宮に呼んでと騒いでいるが、彼女が騒がしいのはいつものことなので気にしない。
帝国内で起きている義賊の件もまだ解決しておらず、先日、義賊の根城ではと思われる家をオークウッド卿が見つけたそうだが、現場にいつも落ちている黒鳥の羽根以外に何の特徴もない古びた家だったそうだ。
黒鳥の羽根があるというだけで充分その可能性があったと言えるが、未だ姿を見せない義賊がいる以上、何事にも慎重を期さねばならない。
真偽を確かめるべきだろうな。予約制だというが、占いの予約順に関わらず勝手に予約日を指定されるという。それなのにも拘らず不平不満が出ないのは、必ず当たるからだ。
その者の最も適した時期と状況下で占うのが流儀だと豪語して憚らず、時期尚早と思えば延ばすのだという。金に糸目を付けずに先に占うよう要求する者の占いは断り、我慢強く待てる者のみ占っている。
どこか怪しく感じる。その流儀の根幹に、義賊の影を感じてしまう。オークウッド卿もそう睨んでいる。だが、占い師本人とその侍女しかいないというから、気のせいなのだろうか。
女性二人で何ができる? 義賊のやり方は非常に残忍だ。彼女達を隠れ蓑に、裏で動いている者達がいるわけではなければ無理だろう。
「マイルズ、この手紙を占いの館アリアに届けてくれ」
「承知しました」
この目で見極めればいいだけのこと、そう思って送った手紙の返信は、その日のうちに帰ってきた。三日後の夜、確かめるとしよう。
占い当日となり、指定された酒場に着くと、侍女が店の外で待っていた。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
案内に従ってついて行く私の護衛として連れて来たのは、信頼する近衛騎士のマイルズとサイラスと腕が立つダンフォース。ここまで来る道すがら、一般市民に扮した第三騎士団達が潜んでいる。これだけいれば、充分だろう。
部屋の前まで来ると、侍女は護衛の方は二人まででお願いしますと言われた。どうしたものかと考えていたら、サイラスが外で待ちますという。しかし、私の判断は違った。
「ダンフォース、ここで待て」
「殿下!?」
「お前の剣の腕を見込んでいるからこそ、外で控えさせるのだ」
信頼している、と言えば押し黙るダンフォース。腕は信頼できるが、占い師の話す内容によっては何を口走るか分からない男だ。最悪の事態となれば、取り返しがつかない。
こちらの目的を悟らせないためにも、ダンフォースに突飛な行動をさせないようにしなければならなかった。
導かれるまま、入室する。そこは、白を基調とした調度品で溢れた清潔感のある空間だった。酒場の一室でしかないというのに、何故こんなにも既視感があるのか。
フードを目深に被った占い師の前へと誘導され、机を挟んで向かい合う形で座る。護衛の二人は、手の届く距離に脇を固めていた。
「こちらにおいでになった理由をアリア様はすべてご存じです。流れに身を任せその時を待てば、すべての真相と解決がなされるだろう、と仰っております」
「それは、秋の狩猟大会の後夜祭の宴に貴女を呼ぶべきだという意味だろうか?」
占い師の代わりに口を開いた侍女のことは見ずに、目の前の占い師を見る。彼女は、うっすらと笑みを浮かべた。そして、何事か侍女に耳打ちすると、驚くべきことを口にする。
「今度こそその目を信じてさえいれば、その身に巣食う罪悪感は消えるだろう、と仰っています」
それは、どういう意味だ? すべての真相の解決というのが義賊のことではない、そう言われている気がした。まさか、この者!?
私が罪悪感を抱く相手は限られている。最も大きな罪悪感に苛まれ、未だ思い浮かべる度に心が晴れない相手は……
この占い師が義賊と繋がりがあるかどうかなど、どうでもいい。この者が知っている事実をすべて聞き出す必要がある。しかし、そのために彼女達を連行するだけの理由もない。
事情を聞くという名目で詰問すべきと考える己と、この者の言葉を信じて行動してみるのはどうだろうかと考える己がいる。どちらがいいのか分からないでいると、占い師は徐に机の端に置いてあった紙に何事か書き始めた。
『アマリリスを救う』
「!?」
それは、私とセオドアとベアトリスの三人で考えた隠語だった。一つの言葉に別の意味を持たせる遊び。隠語とはそういうものであると知った私は、三人だけの秘密の隠語を作った。
笑う、は会う。見る、は遊ぼう。救う、は答え。アマリリスを救う、はアマリリスの答えという意味になるのではないか、と。もしもそうであるならば、アマリリス宮で起きた事件の真相を知っているということなのか?
勿論、そういう意味だとは限らない。読んで字の如くの意味でしかないのかもしれない……だが、一つの可能性が浮かんでしまえば、その考えを振り払うことができなくなる。
何故、その隠語を知っているのか? 驚愕する私に、占い師は笑みを浮かべつつ、侍女に耳打ちする。
せっかく作った隠語を三人だけのものにしたくなくて、信頼のおける者にも話したことがあるため、そこから情報が漏れた可能性も否定はできない。とはいえ、何故この言葉を占い師が知っているのか。
「皇太子殿下の悲願が果たされるか否かは、後夜祭の宴にかかっています。どうなさるのが最良かは、ご自分でお考え下さい」
最良の判断……そう言いながら、私の選択肢を奪った。一体何をするつもりなのだ? 後夜祭の宴で、何を?
その後、どうやって戻ってきたのか。考えることが多すぎて頭が痛かった。得体が知れないと思っていた心証に違わぬ不気味さだ。
まるですべてを見透かされているようで、とても恐ろしかった。一つだけ確かなことは、そうまでしても秋の狩猟大会の後夜祭の宴に呼ばれたいということ。
ならば、お望み通りにしてやろう。私の悲願とやらを果たせるものなら果たしてみるといい。それがせめてもの償いになると言うなら、私はなんだってやろう。だが、お前達への疑念が晴れたわけではないことを身に沁みて感じることになるぞ。




