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三十九呪 夢にも思わぬ不意打ち

 その顔に浮かんでいるのは、怒り、だろうか。ムッと口を尖らせる様子と漂う気配にそう思った叶真だったが、それにしては何かが妙だ。口を尖らせているというより、必死で表情を変えまいとしているかのような……


「この場合、特殊事例だから仕方がないにしても、私としては不公平だと思わざるを得ないと言うか、出来れば合わせて欲しい、いえ、じゃなくてして欲しいことがあると言えばいいのかしら……」


 あれほどはっきりものを言う鈴音が、しどろもどろになっていた。しかもなぜか、顔がみるみるうちに真っ赤になっていくではないか。


「あのー、蛇喰? だから、不公平って――」

「それよ」


「それ? それってどれだ?」


「呼び方。私は名前で呼んでいるのに、不公平だと思うのだけれど」


「……」


 予想の斜め上過ぎるその要求に、叶真の思考回路がパンクした。


 割と長い間固まっていた叶真だったが、ようやく鈴音の要求を理解した。つまり鈴音は、自分のことも名前で呼んで欲しいと言っているのだ。


 理解した叶真の脳裏には、クエスチョンマークが乱舞していた。無理もない。何の脈絡もなく、しかも結構確執と言うか先祖代々の溝があったはずの相手から、そんなことを言われたのだ。

 一時期なんて、土に還れだの同じくくりに入れられるのをDNAレベルで拒絶していたというのに、だ。叶真でなくても意味がわからず固まるだろう。


「え、えっと、蛇喰? 本気でよくわからないんだけど、なんで今そんな要求するんだ? それが俺にはよくわかんねえんだけど……」


「……それは、その。私は成り行きとはいえ名前で呼んでいるし、それに、呪いが解けたのだったら、対等な友達になれるんじゃないかなって思って……」


 なるほど。それは鈴音らしいと言えば鈴音らしい理由だった。変なところで律儀なのだ。自分の先祖が呪いをかけたと言う負い目がなくなったわけではないし、叶真の家の問題が全て解決したわけでもない。だがそれでも、呪いが解けたのは間違いないのだ。

 ならば二人はもう、対等と言ってもいいはずだから。呪いや先祖なんて関係なく、ただの百鬼叶真と蛇喰鈴音として友達になるのに、もう障害なんてないのだ。


 鈴音はずっと、思っていたのだろう。自分から友達になりたいとは言ったが、内心叶真が自分の先祖にくだらないとはいえ呪いをかけた相手と、本当は友達になりたくなかったんだじゃないかと。もしくは、鈴音自身が気にしていたか。

 叶真のことをちゃんと信頼していなければ呪いは解けないのだから、恐らく後者だろう。もう何も気にしなくてもよくなった今だからこそ、こんなことを言って来たのだ。


 そう結論付けた叶真は、

『もちろんだ、俺達はずっと対等な友達だろ?』

と言うつもりだったのだが。

「いえ、待って。ごめんなさい。違う、こうじゃないわ。私は叶真くんと友達になりたいわけじゃなくて……と言うか、友達をやめたかったのよ!」

「えぇ……今それ言う……?」


 ものすごく尖った言葉のナイフが、心臓と言うか心の奥底へグッサリと突き刺さった。いやナイフなんてもんじゃない。特大の大剣に貫かれたようなものだ。下手をすると、貫かれたどころかメンタルをなます切りにされたかもしれない。


 リカバリー不能なほどの重傷を精神に負った叶真を見た鈴音は、あわあわとまたも自分の言ったことを否定した。


「そ、そういうことでもないの!! あなたのことが嫌いになったとか、そういうんじゃないの!!」


「じゃあ一体なんで友達やめたくなったんだよ……? 呪いが解けてお役御免になるとか思ったのか?」


「それも違うの!! えぇと、その……」


 顔の赤みの記録更新を続けながら、鈴音は叶真の目を真っ直ぐに見据えた。それから、何かを決意したようか顔で叶真へとゆっくりと近づく。そして手が届く距離まで近づいたかと思うと、ガッと胸倉に掴みかかった。


「え、いやなっ……」


 鈴音のいる方へと引っ張られ、どうにか足を踏ん張って。倒れはしなかったものの、頭を下げる格好で前のめりになった叶真を待ち受けていたのは、柔らかくて温かい感触だった。


 ふわりとした甘い匂いが離れて行き、遅まきながら叶真は何が起こったかを知った。


 鈴音が、キスをした。


「え、え? えー……?」


 起こったことそのものは理解出来ても、それ以外は全く理解出来なかった。間抜けにも口をポカンと開け、前のめりになったおかしな体勢から動けないでいる叶真に、鈴音は言い訳を並べ立て始めた。


「い、いえ、その、ああ、あれよ!! 人を呪わば穴二つって言うでしょう!? それで呪い返しに遭った結果惚れたと言うか、って違うわ照れ隠しでもこれはない、と言うかこれだと叶真くんがロクでもない人間ってことに……だからその、つまり!!」


 怒っているのか、泣きそうなのか、怖がっているのか。


 その全て感情をない交ぜにしたような顔の鈴音は、叶真に向かってびしりと人差し指を突きつけた。


「あなたのことが好きってこと! なの、よ……」


 尻すぼみに消えて行ってしまったその言葉は、けれどもしっかりと叶真の耳にも、心にも、届いていた。


「……友達やめたいって、そう言う事だったのかよ」


 鈴音の顔を直視出来ずにそんなことを呟く。一言で言えば、紛らわしいんだよお前、と言う感じだ。


「ご、ごめんなさい。どう言えばいいのかわからなくて、勢いに任せてしまって……と言うか、冷静になったらわかったわ。私が最もやってはいけないことよね、勢い任せって……何度同じ失敗すれば気が済むのかしら私……」


 自己嫌悪に沈み、俯く鈴音。


 それを見て、前と比べりゃマシになった方だぞと苦笑気味に思う叶真は、一歩鈴音に近づいた。


「蛇喰――じゃ、ないな。えと、鈴音」


 穏やかな声音で、初めて苗字ではなく下の名を呼ばれた鈴音は、今にも泣きそうな顔を上げた。


「俺は、お前が何度失敗したって大丈夫だ。お前が悪い奴じゃないってのは知ってるし、思考がダダ漏れなだけだってわかってる。まあ、それについては直せるもんなら直してもらいたいけどな。けどそれで、俺がお前のことを嫌いにはならねえよ」


「叶真、くん……」


 ぽろぽろと涙を流しながら、鈴音は何度も何度も頷いた。


「うん、うん……直す、絶対に直す……一刻も早く直すわ」


「ま、焦らなくても大丈夫だ。なにせ――」


 これから、一生分時間があるんだし


 その言葉はと共に、叶真はさっきの不意打ちの仕返しをしたのだった。


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