三十八呪 そう言えばそんなこともあった
数行あるその文字列を解読した叶真は、そこにあり得ないものを見た。
「……は? え、あ、嘘だろ……?」
「ど、どうしたの叶真くん!? まさか、まだ他にも違う別の三つ以外の呪いがかかっていたとか……!?」
慌てているせいか似たような単語を三つも並べて尋ねる鈴音に、叶真は茫然とした顔で呟いた。
「……解けて、る」
「えっ?」
「は?」
「今なんて言ったの叶真くん!?」
「今なんて言ったキョウ!?」
異口同音に聞き返す二人に、叶真はもう一度同じ言葉を返した。
「解けてる」
「それって、呪いのこと……よね?」
「あ、ああ……そりゃまあそれ以外ないよな……」
浮かび上がった文字列を見直すが、何度見ても結果は同じ。どこからどう見ても、その異世界の言語は呪いがすでに解かれていることを示していた。三つかけられていたはずの呪いが、跡形もなく全て。
「ごめん、全体的に理解出来てないんだけどさ。それって、もう僕達は悩まなくて済むってことでいいん……だよね?」
「ああ、うん。そうだな。けど、なんかこうモヤモヤするんだけど……」
なぜ、いきなり呪いが解けたのか。
いつから呪いは解けていたのか。
そもそも、本当に呪いはかかっていたのか。
どれもこれも、答えは出ない。だが、鈴音は何かに気付いたのかハッとした顔になった。
「もしかして、なんだけれど。あの時じゃないかしら?」
「あの時? ってどの時だ?」
「ほら、一週間前にあなたの家に行った時よ。その時に、どこかで何かが壊れるような音がしなかった?」
「そう言えば……」
言われてみて、初めて思い出した。一週間前に鈴音が家に来た時に、確かにどこかで薄氷が砕けるような音を聞いたのだ。が、その時はそれよりも顔の赤さを誤魔化すことを優先したので、全く気にしてなかった。
「つーかあの音、お前にも聞こえてたのか」
「私は最初から、あなたも聞こえてたものとばかり思ってたわ。何の反応もないから、どこかの家で何かが壊れた音だと思ったのよ」
一緒にいる人が気にしていないのなら、大したことはないと大抵思うだろう。
「一週間前って言ったよね、今。だったらその音、僕も聞いたような気がする」
「マジか!?」
それならば、この話には相当の信憑性があるだろう。それに、叶真も一つその仮説を補強する出来事を思いついていた。
「そういや昨日、借金取り達の事務所に行ったら潰れてたな……あれって、金に振り回される呪いが解けたせいなんじゃないか……?」
「あり得ない話じゃないね。ただそれを確認するんだったら、父さんのところに行くのが一番手っ取り早いのかもしれないけど。頭見ればわかるんじゃないかな。ここ最近行けてなかったから、どんな状態かとかわからないし」
「けどそれって、もしあなた達のお父さんが元々禿げる体質だったとしたらわからないわよね?」
「ここでそれ言うか!?」
何と言うか、とても鈴音らしかった。よりによってという最悪のタイミングで、最悪のことを言うのだ。最近はその悪癖が鳴りを潜めていたと思っていたのだが、ここに来て本領発揮していた。
慣れている叶真はまだしも、初めてである求磨は目を白黒させるばかりだ。
超ド級の毒舌を放った鈴音本人はと言えば、慌てて自らの口を塞いでいた。ツッコまれて初めて失言したことを自覚したらしい。
「ご、ごめんなさい……!!」
「まあ言っていることそのものが間違っているわけではないから、僕達としてはその通りと言うしかないんだけどね……」
「と、とにかく! もうこれで俺達の間にあったあれやこれやはなかったってことで! もういいよな、キュウ?」
強引にその場を纏めにかかるが、求磨も鈴音もそれに依存はないようで頷いた。やれやれと首を振る求磨と、神妙に無言だった鈴音とでは思うところはだいぶ違うだろうが。
「じゃあもう全部水に流して、求磨は俺んち来てその後に親父の入院してる病院教えろよ。俺も見舞いに行くからさ」
「了解したよ。なら僕は荷物の整理――と、言っても、段ボールハウスの解体が主で、荷物なんてほとんどないんだけどね。それやってから追いかけるから、先に行っててくれるかな? キョウの家なら暴走中に一回尾行したから知ってるし」
「その知られ方は予想外だよ……けどまあ、わかったよ。先行ってる。蛇喰、お前はどうする? 荷物なら全部ここにあるから、このまま家帰るか? 魔法で大体乾かしたとは言え、まだ若干湿ってるだろ? 靴もないし」
「いえ、先に叶真くんを家に送ってからにするわ」
鈴音はごく自然に叶真の手を掴むと、何かを言う前に魔法を発動させた。
瞬きする間もなく、二人は叶真の家へと辿り着いた。
「ちょっ蛇喰……」
あまりにも突然座標を移動させられ慌てふためく叶真だったが、鈴音のただならぬ気配を感じて黙り込んだ。
鈴音は背中を向けたまま、静かに言う。
「ねえ、叶真くん。不公平だと思うの」
「はい? えと、何がでしょう?」
いきなりなうえにどことなく迫力を漂わせる鈴音に反射的に敬語で尋ねると、鈴音はゆっくりとこちらを振り向いた。




