二十呪 何か方法が
「だって、普通はそうよ。禿げようが禿げまいが、先に借金を返す方が先だもの。借金を返すよりも、禿げる呪いを解こうとする人なんて、普通はいないわ。借金の件の方がよっぽど重要――いえ、というかそんな風に余計な事を背負い込んでいるから、禿げが加速するんじゃないかしら」
「あの蛇喰さん? そんなにハゲハゲ連呼されると、こう、心にぐっさり来るものがあるのですけれども……!?」
自分の十年後の末路を想像して、肝を冷やす叶真だった。確かに抜け毛にはストレスが関わっているのだから、そんな苦労なんかしていたら、禿げてしまっても仕方が無いのかもしれない。
「思ったのだけれど、呪いの有無に関わらず、早めに全部の毛根が死滅する恐れがあると――」
「ごめんなさいそれ以上言われると心折れるからやめていただけません!?」
実は、その恐れは割とあった。
日々ストレス塗れだし、年齢を誤魔化してやっている深夜の工事現場のアルバイトで被っているヘルメットは超蒸れるし。シャンプーもリンスも買うお金はないので、一番安い石けんで全身を洗っている。キューティクルなんて程遠いし、恐らく、いや絶対に頭皮にもよくない。
と言う事は、何もなくても普通に禿げるというのはあながち的外れではないのだ。むしろ順当な未来と言っても過言ではないのかもしれない。
一応注文通り禿げを連呼することはなくなったのは、気を使ってくれただろうとは思う。それに多分、本気で暗い話を続行するのが嫌だったのだろう。叶真が気にしていなくても、鈴音は気にしているのだ。未だにどこか悲しそうな鈴音の顔を見れば、それくらい察しのいい方ではない叶真にもわかった。
「……とりあえず、今はあなたの家の前で居座っているであろう借金取りのことをどうにかしないといけないわね」
「おう」
そもそもで言えば、ここに二人でテレポートして来たのはその問題をどうにかするためであった。テレポート直後に問題が起こり過ぎて、すっかり失念していたが。
「具体的には、いつお金の都合が付くのかしら」
「遅いと、再来週の頭。けど、なぁ……」
「前にも返済が遅れているから、またそんなに遅れるようなことがあったら何されるかわからない、ってことかしら」
鈴音の的確な推理に、叶真は目を向いた。時間さえかければ、ちゃんとまともな解答に辿り着くのだなという驚きが相当大きい。これまでワックスがけした床よりもよく滑る口のせいで見逃していたが、頭が悪いわけではないのだ。ただ、他人より口のチャックが緩いだけで。
「……何か失礼なこと考えられているような気がするのだけれど」
「気のせいだな」
即答過ぎて逆に怪しかった。が、鈴音は一瞬訝し気な顔をしただけで追及はして来ない。話が先に進まないと思ってくれたのだろか。
「まあいいわ。少なくとも、あの人達の言っていたことを考えると、あなたに手を出したことがあるのは間違いないわね?」
「……ああ」
「なら、やっぱり――」
「通報はしねえぞ」
自分のセリフを先読みし遮るように言った叶真に、鈴音は呆れ顔だ。
「あなたね……このままだと、焼き入れられるだけじゃ済まないんでしょ」
「それはその……そうなんだけど」
それでも、叶真としては警察に通報はしたくなかった。筋云々と言うより、もはや『そんなことをしたら負けたような気がするから』と言う、ほとんど気分の問題だ。これでは鈴音が呆れるのも無理はない。子供のようにダダをこねているだけなのだから。
だが、鈴音は叶真を責めなかった。ただ、深々とため息を吐いて言う。
「なら、他の方策を考えるしかないわね」
「何か案があるのか!?」
勢い込んで訊く叶真に見えるように、鈴音は指を三本立てて見せた。
「一、どこからか無理を言って給料を前借させてもらう」
「……悪い、無理だ。俺が働いてる先全部、前借とか出来ないんだ。工事現場は日払いなんだが、それは必要経費に使ったからな……手元にはない」
「何を買ったの?」
「穴が空いて本気で履けなくなった下着と、食料。あと水道代だな」
「水道代は魔法じゃ減らせないものね……」
叶真の温度を操る魔法であれば、電気代とガス代は極限まで抑えられる。冷暖房いらずだし、調理の際もフライパンの温度を操ればガスはいらない。お風呂だって水を張ってから魔法で好きな温度にし放題だ。
だが、水道代は難しい。
近所の公園やスーパーの無料で持ち帰れる水を使用してはいるものの、百パーセントそれで生活は無理だ。スーパーの水にだって上限はあるし、基本は飲み水。公園の水もしょっちゅう汲み過ぎて清掃員のおっさんや、市役所の人に目を付けられ始めているのだ。なのでどうしても水道代は一定以下にならない。
鈴音は立てていた薬指を畳んだ。
「なら、二つ目。これは今から日雇いの日当が出る仕事に行くと言う事」
「今、夜間の仕事が終わったばっかでな。昼間の仕事ならあるんだが……」
「これはもう、一日くらい学校を休むしかないんじゃないかしら」
「んー、考えたことはあるんだけど……それやると、いざって時に困るからなぁ」
「今がいざだと思うのだけれど。むしろ、今じゃないならいつなのよ?」
「ベッドから起き上がれないような体調不良の時?」
「……」
この言葉の裏を返すと、起き上がれる限りはいざではないのだ。熱が四十度あろうと、動けるなら動く。そういうことだ。
叶真の返答にまたもため息を吐いた鈴音は、無言で中指を折った。これで残る指は、人差し指一本。




