十九呪 ロクでもない
「あのガラの悪そうな脅しをかけていた人達が、あなたの借金した相手ってことなのかしら。ヤの付く人達っぽい雰囲気だったけれど」
どうにか丸く収まり鈴音の淹れた紅茶を飲みながら(アッサムのミルクティーという、およそ叶真には縁のない高級そうな)、ふとそんなことを訊いて来た。叶真としては特に隠す必要を感じない事柄だったので、正直に話すことにする。
「借金したのは俺じゃなくてバカ親父。ギャンブルで大負けするわその負け取り返そうとしてまった別のギャンブルに手を出すような人でさぁ、闇金に捕まって借金がもう倍々で増えてって。気付いたらとんでもねえ額の借金作ってやがったんだよな。
んで去年の八月くらいに、母親が男作って出てって、追いかけてったのか借金が怖くなったのか兄貴連れて蒸発したってわけだ。ほんっとロクでもない話だよなぁ。まぁ悪い人じゃなかったんだけどな。お人好しだったし。
もしかすると、借金ってのもギャンブルが原因じゃなくて、誰かの連帯保証人になった、とかかもな。どっちみち、俺に借金全部押し付けてどっか消えたのに変わりはねえけど」
ズズッと行儀悪く音を立てながら、紅茶を一口飲む。これまた生涯味わったことのない高級さだった。
「生きてんのかねえあのろくでなし」
どうでもよさげに締めくくった叶真が紅茶から目を上げると、正面に座る鈴音の顔が引きつり強張っていた。
「? どした?」
「いえあの、訊いといて何なのだけれど、と言うかやっぱり訊いた私が悪いのだけれど、予想以上にヘビーな話で戸惑っているわ」
「俺としてはもう過去の話、いや借金は過去じゃなくて現在進行形だが、とにかく割とどうでもいいんだよな」
両親共にロクでもない人間であった。特に母親の方に関しては、いなくなってくれてありがたかったくらいなのだ。父親がギャンブルに熱中しているのをいいことに男を連れ込むわ、お前達みたいな気持ちの悪い力を持った人間なんて生まなきゃよかったとか平気で言う人だった。むしろ清々した。
父親だってどこかに行ってしまえばこれ以上自分が払う借金の額が増えることはないだろう。強いて言うのであれば、兄である求磨までもがいなくなってしまったのは残念だったが。
そんなことをおざなりに纏めて言うと、更に鈴音の顔が強張る。
「……色々言いたいことがあるのだけれど、私だと余計な事まで言ってしまうだろうから、これだけ言うわ。相手がヤの付く方々であれば、警察に訴えれば借金はどうにかなるんじゃないかしら」
「それも考えたんだけどなー。いくら法外な利息を吹っ掛けられたとはいえ、親父が借金をしたのは事実だ。雪だるま式に借金が増えて行ってるが、そこはスルーで元本と通常範囲内の利息分返したらこっそり通報するつもりだ」
借金をした相手が間違っていただけで、叶真の父親が借金をしたのは完全に父親の自己責任だ。本人曰くギャンブルで作った借金だと言うのであれば、なおの事。それを相手がとんでもない利息を吹っ掛けたからと言って、これ幸いとチャラにするのに抵抗があったのだ。
「……答えたくなかったり答えることに問題があるのであれば答えないでいいのだけれど、残りの借金って、いくらくらいなのかしら」
「千五百七十万、飛んで百二十七円だ」
「……」
口をパクパクとさせているだけで、鈴音は何も言わなかった。言いたいことは大量にあるのに、言ったらまずいことになりそうだと自重したのだろう。それとも、多過ぎて言葉にならなかったか。大方、それは返せる額の借金なのかとか、諦めてもう警察に通報すべきじゃないのかとか、そんな感じのことを言いたいのだろう。
「まあ、意地になってるってのは認めるよ。闇金なんてやばいとこから借金して挙句の果てに片方の息子にだけ全部押し付けて、自分はもう片方の息子とどこかに消えちまうような人間だけには、ぜってぇになりたくねえってな。
だからこそ、借金をちゃんと正当な方法で返したいって、意固地になってるんだと思う。けど、わかっていてもやめる気はねーよ。これだけは通さなきゃいけねえ筋だと思ってる。……ま、どっか間違ってるっつーのは否定しねえけど」
何度も考えて出した答えだ。たまに他人との差をまざまざと見せつけられて揺らいだりもするが、それでも、これは譲りたくなかった。そうすればいつか、何かが変わるかもしれないから。例えそれが儚い幻想であったとしても、そうでもしなければ生きていけないのだ。だって、縋れるものなんて何も無い。
たった一人、親にすら棄てられた自分には。なにひとつ。
叶真の話をただ黙って聞いていた鈴音は、とても悲しそうな顔をしていた。
「変な人ね、あなた」
「そうか? ま、そっか。色々無駄に背負い込んでる自覚はある」
「いえ、それもあるけれど。そんなに大変なことがたくさんあるのに、何でもない風にいられるから。普通それだけのことがあったら、禿げることなんて気にしてられないんじゃないかしら」
「え、そっち!?」
ぱちくりと大きく目を瞬かせてしまうくらい、驚きだった。まさかこの流れで、呪いの件が出て来るとは。




