十八呪 やってしまった
少なくとも戻って来たらもう一度謝るのは当たり前だが、土下座は絶対に禁物だ。鈴音が立っている状態でテレポートをしてくれば、また下からスカートの中を覗く体勢になってしまう。
これまで友達付き合いなどをして来なかったせいか、鈴音はそういうところにも疎い。正直、これに関しては鈴音も問題がなくはないのだが……
それにしても緑のレースとリボン付きとか随分可愛いものをと思いかけ、床目掛けて二度目のヘッドバットをする羽目になった。
「ま、真面目に考えようぜ俺……!! これじゃあただの変態、いや家にいる分色々とマズいことにっ……!!」
少なくとも、今考えたことを鈴音に知られるわけにはいかない。何があろうと絶対に。
「とりあえず、帰って来た蛇喰にビンタの一発や二発食らうのは覚悟しとかねーとな……いやここはグーで来られたところで文句は言えないよな……」
むしろ、殴ってくれるならまだありがたいだろう。帰って来て急によそよそしくなるとか、態度が冷たくなるのが一番怖い。あと逆に、もう何も怒ってないからその話題はやめましょうとか、何事もなかった風に強引に押し切られるのもまずいだろう。謝ること自体させてもらえないのが、一番怒っている時だろうから。
「せ、せめて謝るタイミングくらいはあるといいんだが……ここはちゃんと待っていて、鈴音の戻って来るタイミングを決して見逃さないようにせねば……!!」
必死に鈴音が帰って来た時のことを考えていると、まだ何も考えがまとまっていないのに、唐突にパッと目の前に鈴音が現れた。これだからテレポートは厄介なのである。
「うおぅっ!?」
「……戻ったわ」
そう言った鈴音の顔は、無表情であるもののまだ僅かに赤かった。一応は平静になったから戻って来たと思いたいが、そうではなく叶真に何かしらの制裁を加えなくては気が済まないから戻って来ていた場合、本気で何が起こるのか想像もつかない。
付き合いが長ければもう少しどうなるかの予測も建てられたのだが、今そんなことを言っても始まらない。とにかく、一刻も早く謝らねば。
「百鬼く――」
「い、色々本当に悪かった!! ごめんなさい!!」
慌てて鈴音から離れ、距離をとって立ち上がってから頭を下げた。何かを言われる前に、先制で謝るのが一番いいという判断だったのだが、鈴音は無表情のままだ。ほんの少し考えるような素振りを見せた鈴音は、いつにも増して固い口調で言う。
「……一応、念のために訊くけれど。わざとでは、ないのよね?」
「違いますホントマジ超偶然角度と言うか神の悪戯的な事態が発生したためであり、故意でやったわけではなく……!!」
どんどんと言い訳がましくなる叶真の弁解を聞いていた鈴音だったが、やがて疲れたのように嘆息した。
「百鬼くんがそう言うのであれば、そうなんでしょうね」
「ホント、マジで心の底から悪かったと……って、え、信じてくれんの!?」
「まあ、訊いたのは本当に一応だったから。総合的に判断した結果、その、もにょもにょ……が見られた件に関しては、ほぼ私の不注意が原因だったわけだしね。あなたが本気でわざとでないと言うのであれば、今回は不問ってことにしておくわ」
「……ちなみになのですが、もしわざとだった場合はどうなっていたのでしょう……?」
その質問に、鈴音は不意に笑顔を浮かべた。それは初めて見るような、完璧で美しい微笑み。そのはずなのに、ゾッと悪寒が走る。
にこりと笑ったはずの鈴音の目は、これっぽっちも笑っていなかった。
「そう言えば、言っていなかったのだけれど。私の魔法って、基本的にはただ物体の位置を変えるだけなのよ」
言いながら、鈴音は机に差してあった一本のペンを手に取った。
「けどそれには副作用、みたいのがあってね」
音もなく、スッと鈴音の手からペンが消えた。と同時、耳元に微かな風と、パラパラという何かが落ちるような音。
「え……」
遅れて聞こえたカツーンと乾いた音に下を見れば、今の今まで鈴音が握っていたペンが無造作に転がっていた。それとそのすぐ近くには、叶真のものらしき髪の毛が、数本。
「何もないところに移動させた時は、何も起こらないのだけど。移動先に、何かしらの物体があった場合は別。移動させた物体は、先に存在していた物体を押しのけてそこに行くのよ。空気も対象になるから、どこに行こうと突風が起こることはあるのだけれどね」
「つ、つまりなのですけれども、普通では刺さらないペンでも工夫次第でどてっぱらに突き刺さる凶器に早変わりしますよ、的なことだったり……?」
「百鬼くんには、きっと大きめのピアスとかが似合うと思うの」
笑顔で放たれた言葉を要約すると、もしわざと今みたいなことをやったら、耳たぶに適当なもんテレポートさせて風穴開けんぞ、と言う意味になるだろう。
「あ、あははははは……」
何があっても絶対にそんなことはしないと固く誓った叶真は、渇いた笑い声を上げるしかなかったのだった。




