十七呪 逃げたその先は
薄いグリーンの葉模様のカーテン。敷かれたカーペットはフォレストグリーンで、毛足が長くふかふかだ。部屋の中心にあるのはオシャレなガラスのミニテーブル。窓際に置かれた机は木製の勉強机で、よく片付けられている。隣に置かれた本棚は少女漫画らしき漫画がびっしりと並び、あちこちにはぬいぐるみが飾られていた。
見たことはないし入ったこともない叶真だったが、そこがどこかはすぐにわかった。クローゼットの扉にかけられたブレザーを見ればわかる通り、ここは鈴音の部屋だ。
百鬼叶真、十五歳。生まれて初めて、女子の部屋に入った。
「じゃ、蛇喰? お前なんでここに」
「ここが私の部屋だから、一番テレポートしやすかったのよ。家に帰る時って、ここにテレポートすることが多いから」
そう言った鈴音は、座っていたベッドから立ち上がった。そこで気付いたのだが、手を繋いでテレポートして来た叶真も、同じ場所にいたわけで。つまり今座っている場所は、鈴音のベッドということに。
自覚した瞬間それを悟られぬように何食わぬ顔でベッドから降りると、ミニテーブルの前に置かれていたクッションに座り直した。葉っぱの形をした平べったいクッションに座ったのだが、なぜか鈴音が僅かに困った顔になる。
「……申し訳ないのだけれど、そのクッションは私がいつも使っているものなの。だいぶくたびれているのよ、それ。今違うクッションを持って来るから、そっちを使ってもらえるかしら」
「え、あごめん!?」
そう言えば一つしかないなクッション、とか思いながら大急ぎで立ち上がりかけ――
盛大にひっくり返った。
慌て過ぎてテーブルの足を蹴飛ばしたからだと原因を理解した時には、時すでに遅し。よろめき体勢が完全崩れていたため、軌道修正は不可能。そして運の悪いことに、ひっくり返った先にはこちらに半分背を向けていた鈴音で。
ゴンッというすごい音に振り向いたのも、タイミングが悪かった。身を捻っていたうえに元から非力な鈴音が、倒れ込んで来る叶真を避けることも受け止める事も出来なかったのは、至極当然のことだったのだ。
受け止めきれず避けることも無理だったとなれば、一緒に倒れ込むしかない。自分より小さい鈴音を潰さないよう、床に手を付くことにはギリギリ成功したのだが。肘が曲がっているせいで、その距離は無いに等しい。
「……」
「……」
すぐ目の前に、鈴音の顔がある。息がかかるような、超至近距離。
近くで見るといっそうかわいいあとなんか腕の内側に微かに柔らかい感触が――そんな思考が頭をよぎる。
「あ、あの、どいてもらえるととてもありがたいのだけれど……」
「えうわごめん!?」
夕陽のように顔を赤く染めか細い声でそう言われ、ようやく今の状況に理解が追いついた。何も考えずに反射的に後ずさったせいでまたも踵でテーブルを蹴飛ばしてしまったが、そんなことを気にしていられないくらい叶真は動揺していたのだ。
俺は今何考えたんだ!? と半分パニックになった叶真は、どういう帰結なのか全力で土下座をしていた。
「ごめんわざとじゃないんだ決して!!」
本気の平謝りに、鈴音の方は上体を起こしただけの姿勢のまま困惑の表情を浮かべていた。叶真が転んだのは本人が言う通りわざとじゃないと言うのは、顔を見れば一目瞭然であった。なので、なぜ叶真がこんなにも本気で謝っているのかが、鈴音にはわからなかったのだ。
「ええと、別に怒ってはいないわよ。いきなり近くにいて、とても驚いたけれど。強いて言うなら、もう少し注意してねと言う文言を贈るだけ。それとも、まださっきの人達が来た影響が抜けていなかったのかしら」
「……えっと、もしや気づいていらっしゃらない?」
「何にかしら」
「………………いえ、別に」
本人がわかっていないのなら、無理に言う必要はないと判断した。いやそれとも言った方がいいのかと悩みつつも顔を上げかけ
「っ!?」
床にめり込むような勢いでヘッドバットをかましていた。
「ちょ、大丈夫!? ゴヅッて、何か破滅的と言うか頭蓋骨からしてはいけないような音がしたわよ!?」
「あ、あのですね蛇喰さん」
「どこか打ったの!?」
「いえそうではなくですね、その……ええと、足閉じて頂けると俺としても通常の体勢に戻れるのでありがたいのですけれども……」
「?」
言われ、自分の身体を見下ろした鈴音は、自分がどんな体勢でいたかに今更気付いた。片足を半端に立てた状態で、上半身だけを起こしている。そして、鈴音の今の恰好はスカートだ。
「~っ!?」
ババッと足を閉じた鈴音は、今まで見た中で最も顔を真っ赤にさせると、次の瞬間には姿を掻き消していた。
「あ、あれ!? 蛇喰!?」
部屋中見回すが、鈴音の姿はどこにもない。あの様子だと、恥ずかしさのあまりとっさにどこかにテレポートしたのだろう。
「すっげー悪いことした……」
故意でなかったとはいえ、押し倒したうえ下着まで見てしまったのだ。問題がないわけがない。
「……事実を淡々と文章に起こすと、とんでもなくアウトじゃね俺」
下手をすれば警察を呼ばれる恐れすらある。鈴音の性格上、そこまではしないだろうが……今まで怒らせたことがないので、どうなるのか想像もつかない。穏便に済むならそれに越したことはないが、万が一鈴音が警察沙汰にしかねないレベルで怒っていた場合の対処法が全く思いつかなかった。




