十一呪 失言
人生においてここまでの高級品を一度に見た事がなかった叶真は、脳が過負荷に耐え切れなかったのかもう何も考えられずに固まるのみだ。
いつもの癖で電気代を気にしたのか冷蔵庫の扉を開けっ放しにすることはなかったが、叶真は茫然自失と言ってもよいほどフリーズしていた。オロオロとした鈴音が声をかけなければ、いつまでもそうしていた事だろう。
「あ、あの、百鬼くん? その、大丈夫かしら? 目が死んでいると言うか、異世界に旅立っていると言うか……」
「……なにこれ。いやほんとなにこれ。こんなことあっていいのか。この高級食材のエベレストは、どうして築き上げられているんだ……!!」
大マジな眼で訊く叶真が怖いのか、鈴音の視線がきょときょとと落ち着かない。まあ、ここまで取り乱した男子に詰め寄られれば、女子は普通怖いだろう。悲鳴を上げないだけマシである。
「え、えと、おじい様とおばあ様の住んでいるママの実家が海の近くで、しょっちゅう送ってくれるから……」
「おじい様おばあ様!!」
いかにもお嬢様と言ったその呼び方に、叶真はもう何もかもを諦めた。鈴音は、自分とは根本的に住む世界が違うのだと。別世界のことなのだから、羨ましがっても仕方が無いことなのだと。
が、勝手に口からぽろぽろと非難がましい愚痴が零れてしまうのは止められなかった。
「……ああうん。よかったなホント色々。こんな高級食材送ってくれるようなじいさんばあさんがいてさ。俺なんかどっちも一回も会った事ねえしそれ以前に存在してるかすら知らねーし、親父も母親も兄貴も出て行くしホント理不尽だよなこの世界……」
遠い目で力なく笑う叶真の重過ぎるその愚痴に、鈴音は何も返せない。鈴音が天然で地雷を踏みに行くと言うか余計なことを訊く性格でも、これは訊いてはいけないと流石にわかった。もう少し無神経であれば、今はいないと言う兄のことや出て行った理由を訊いていただろう。
重苦しい沈黙の中、それを破ったのは二人ではなかった。だからと言って、誰か別の人間、例えば鈴音の母親なんかが帰って来たわけではない。沸騰した水が、鍋の蓋をゴトゴトと持ち上げる音だ。
慌てて火を止めた鈴音を見た叶真は、自分が何を言ったのか、何をしてしまったのかを自覚し我に返った。一瞬しか見えなかったが、鈴音の浮かべていた表情が、とても沈痛なものだったから。
「……お前に言っても仕方がないこと言った。ごめん」
顔を見れば、鈴音がその話を聞いて申し訳なく思っているのがありありとわかった。自分が恵まれているのに、それに気付かなかったからか。あるいは、恵まれているという自覚がなかったからかもしれない。どちらにせよ、鈴音に責任なんてあるはずもない。
「仕方がないのは、そうなのだけれど。私も無神経、とは違う……いえ、私はどっちみち無神経らしいし……ええと、とにかく」
こちらを向いたのに、鈴音の表情は読めなかった。ただでさえ表情が変わりにくい鈴音が、務めて表情を消そうとしたからだろう。付き合いの浅い叶真では、その作られた無表情からは何も読み取る事が出来ない。
「私の方が失言は多いし、余計な事を言っていると思うわ。だからその、多少言われた程度で私は気にしない……全く、と言うのは無理だけれど、ともかくあなたがそこまで思い悩むことではないわ」
「蛇喰……」
鈴音が言うからには、嘘ではないのだろう。自分が余計なことまで言っている自覚がある事に叶真は少し驚いたが、自覚があっても治さないからよりタチが悪いのかもしれなかった。
もしくは、治そうとしても治らないか。それはそれで問題な気もする。だが、気を使ったことは間違いない。だったら、今はそれに乗っておいた方がいいのだろう。これ以上自分が謝れば、鈴音がより気に病んでしまうだろうから。
「んじゃ、この話終わりな。で、蛇喰。お前んち普通に豚コマとかは――」
それから三十分かかって、ようやっと昼食が完成した。ただの肉うどんにこれほどかかったのは、主に鈴音の料理スキルのせいであった。
「おいこら待て何入れようとしてるっ!?」
「おせんべいだけど……」
「なんで!?」
「この前テレビでやっていた、おせんべいを入れたお鍋ってのがが美味しそうだったからだけれど」
「なぜよりによってせんべいが塩レモン味なんだよ!? せめてそこはサラダ味か醤油味だろ!?」
とか、
「ちょっ蛇喰!? ネギをみじん切りにする必要はねえからな!? ってかそれほぼペーストなんだけど謎の汁しか出来なさそうなんだが!?」
「風味が出るかと思って……」
「せめて小口切りにして欲しかったよ……」
とか、そんな感じの惨状だったのだ。
こいつよく料理作ろうとしたよな……と逆に感心したのは、鈴音本人には言わないでおいた。
そんなこんなでようやく完成した肉うどんは、とても美味しかった。叶真がこれまでの人生で食べて来た中で、一位と言っても過言ではないくらいだ。
昼食で使った食器などの片づけを終え、二人で食後のお茶を飲む段になり鈴音にそう言うと
「大袈裟だと思うのだけれど……」
と、微妙な顔で言われた。確かにあれだけの高級食材を冷蔵庫にしこたま抱え込んだ鈴音にとっては大袈裟に思えるだろうが、野草まで食べないと生活出来ないような叶真のこれまでの食生活からすれば、十分豪勢で美味しい食事だったのだ。




