十二呪 貧乏暇なし
「……一位と言っても過言でないと言うことは、それと争うようなものを食べたことがあるってことよね? もしくは、これより美味しかったか。それって何なのかしら?」
話を逸らそうとしたのか何なのか、鈴音は未だ微妙と言うか複雑そうな顔のまま訊いて来た。その質問に答えない理由は特になかったので、叶真は正直に答える。
「今俺がバイトしてるラーメン屋のまかないだな」
「まかないって言うと……あれよね、店員さん達が身内だけで食べる」
「そうそれ。俺んちの隣の駅に夫婦でやってるラーメン屋があってさ。そんなに流行ってるわけじゃねえんだけど、なんかこう、温かい味なんだよ。食べる人のことを思いやってるっつーか。今んとこ、あれが一位になるかな」
そうしみじみ言った叶真に、鈴音がふと不思議そうな顔になった。
「そう言えば、今日はそのバイトはいいのかしら?」
「ん? ああ、今日は休み。ホントだったらラーメン屋が休みの日は他んとこのバイト入れてるんだけど、昨日ラーメン屋のご主人の三浦さんがぎっくり腰になっちゃってさ。それでしばらく安静にってことになったから、急に休みになったってわけ。つっても明日はもう別のバイト入れちゃってるから、明日は忙しいけどな」
「そう……」
なぜか残念そうな顔を浮かべる鈴音。どうして鈴音が残念がるのか、叶真にはわからなかった。話を聞いてそこのラーメンが食べたくなったのに、休みになって残念なのかとも思ったが、それにしては何かが妙な気もする。鈴音が残念そうな顔になったタイミングが、話の最後の最後だったからだろうか。
理由がわからず首を捻る叶真だったが、一つのある可能性に思い至った。
「あ、もしかして俺、もう帰った方がいい?」
まさか鈴音でも、面と向かって『まだ帰らないの?』とは訊けないだろう。五時までにはとは言っていたものの、鈴音としては早く帰ってくれるに越したことはないのかもしれない。お昼ご飯も食べ終わったし、帰れと言う意味で言ったのかと思った叶真がそう訊くと、鈴音は驚いた顔でブンブンと首を横に振った。
「い、いえ、そんなつもりじゃなかったのだけれど……!! ただ、結局解呪の方法について話し合えていないなと思って。明日も忙しいのであれば、長居するわけにもいかないでしょう? 他に暇な日があるのなら教えて貰えれば予定空けておくのだけれど」
「それで……」
ちょっぴり空気が読めないと言うか物をはっきり言っちゃうだけで、気を使えないわけじゃないんだよなあ、と驚き半分残念さ半分で叶真は思う。その気遣いをもっと全体的なことに活用出来ればきっと友達だっていただろうにと、お前は何様なんだと言われそうなことまで思っていた。
失礼極まりない思考はさておき、鈴音の言う通りあまり長居は出来ない。今日は暇にたまたま暇になったからよかったが、叶真のシフトに休みと言う概念は存在しないのだ。
三つのバイトと二つの内職を掛け持ちする叶真が暇な時間と言うのは稀有だし、通学にかなりの時間を要するため更に時間がない。今日だって、もう帰らなければ明後日期限の内職が終わらない恐れが出て来てしまうのだ。
ちなみに叶真がやっている内職は、造花のバラを作るようなテンプレートなものではなく、商品のシール貼りと文房具の組み立てなど。
流行っているのはスマホで出来るデータ入力のようなデジタルなものなのだが、生憎と叶真はスマホを持っていないし、もちろんネット回線もない。それどころかちょくちょく電気が止まるような有様なのだ。そんなこと出来るわけがない。
つまり、呪いの件をどうにかしたくても、先に借金を完済して人並みの生活を送れるようにならねば話にならない。
「蛇喰が手伝ってくれてすげーありがたいし、俺から頼んでおいて本当に申し訳ないんだが、俺あんま自由な時間ねえんだよ。働かないと今月暮らして行けねえし」
「なるほど、貧乏暇なしというやつね」
「あまりの的確過ぎる引用に、怒る気にもなれねえよ……」
ここまではっきり言われると、いっそ清々しかった。悪意があれば怒る事も出来たのだが、ここまで素で納得した表情で言われると怒る気も失せる。
叶真の脱力したツッコミで自分の失言を悟ったのか、鈴音が心底申し訳ないという表情になる。
「ご、ごめんなさい! 私また余計な事……」
「えっとだな蛇喰。俺相手ならもうなんか諦めたからいいけどさ、他の奴相手する時はもちっと言動に気を付けた方がいいぞ? つーか、もっと考えてから喋れや」
諦めたと言いつつやはりどこか鈴音の発言に怒りを感じていたからか、語調がいつもよりも荒い。そのせいか、鈴音の顔に微かに怯えが交じった。
「そ、それは……私にも、わかっているのだけれど……考えてから話そうとすると、みんな『ノリ悪い』とか『黙ってれば全部解決するとか思ってんの?』とか言われて……いえ、これは全部言い訳よね。私が考え無しに喋っているのは事実だもの。そこはどうにか直さないと」
自覚はあったらしい。それでもこれだと言うのだから、何と言うか困った子だとしか言えない。自らの悪癖を直そうとしているのだから、無自覚よりはだいぶマシなのだけど。
「……ま、追々直して行くしかねえわな」
これ以上は責めるだけになってしまいそうだと思った叶真は、そう締めくくると立ち上がった。




