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十呪 やっぱりお嬢様

 人生初の皮張りの高級椅子にドキドキしながら座っていると、いつの間にか姿が見えなくなっていた鈴音がお盆を持ってひょっこりと現れた。


「紅茶にしようかとも思ったのだけど、あなたに紅茶の種類を訊くと拗ねられそうだから普通の緑茶にしたわ。大丈夫かしら?」


「うんまあ俺のこれまでの言動が悪いことはわかっているが、その前置きいらんからな?」


 そうツッコミながらも言われた通りのことをしそうだと思った叶真はそれ以上は言わず、ありがとうとお礼を言って素直に氷の入ったコップを受け取った。


 ガラスのコップなのだが、美しい瑠璃色のそのコップは、間違いなく高級品なのが覗える。落として割りでもすれば、一か月どころか、三か月は野草しか食べられなくなるような一品だった。


 それがわかると手が震えて来るのを自覚するが、だからと言って一口も飲まないのは礼儀としてよくない。なのでそれを一口飲んだ瞬間、叶真は感じたことのない爽やかな甘味と苦みが口の中に広がったその緑茶を、まじまじと見詰めた。


「……これ、俺が知ってる緑茶という飲み物とは全く違う存在なんだが……」


「? 普通の緑茶よ、これ。あなたが知ってる緑茶って、どんなものなのかしら?」


「アパートの隣に住んでる婆さんがくれる、二回飲んだ後のお茶っ葉で淹れたやつ……」


「それは俗に言う出涸らしってものだと思うのだけれど」


 それ以前に、二回も飲んだ後のお茶っ葉はもう飲まないんじゃないかしらと言う鈴音と格差をここでもまた実感した叶真だったが、衝撃が大き過ぎて言い返す言葉もなかった。なので代わりに


「あの蛇喰さん。今度からお茶を淹れるようなことがあった時にはそのお茶っ葉取っておいていただけないでしょうか」

というお願いをしてみた。


「い、いいけど……何なら、紅茶の葉っぱとかコーヒー豆とかもいる? うちはみんな飲むものがバラバラで、割とそう言うのは出るし」


「是非お願いさせて頂きます!!」


 ブンブンと首を縦に振って喜ぶ叶真に何とも言えない顔をした鈴音だったが、お願い自体は了承してくれた。


「ええと、お昼の件なのだけれど。今から作るから待っていて貰えるかしら」


「え、お前料理出来んの!?」


「出来るってほどでもないけれどね。だって冷凍麺を茹でるだけですもの」


 叶真の失礼な驚きように若干ムッとした様子の鈴音だったが、特に何も言い返しては来なかった。なので、言い返すのが面倒だったのか料理らしい料理が本当に出来ないのかは不明だ。


「なるほどなー。待ち時間だったら気にしなくていいぞ! 最高で五日水と塩だけで生活したことあるからな! それと比べりゃ待ったうちに入んねえよ!!」


「それと比べられると、私としては複雑なものがあるのだけれど……」


 よく生きてたわねこの人、とかぶつぶつ言いながら、鈴音は叶真の座る椅子から見えるキッチンへと移動した。と言うかアイランドキッチンなので、目の前で調理するところを見ることになる。


 まず、鈴音は戸棚から大きめの鍋を取り出すと、その中に水を入れ始めた。それは水道水などではなく、シンクの下から引っ張り出したペットボトルのミネラルウォーターだ。しかも高そうな。


 普段水道すらしょっちゅう止められ、近所のスーパーで無料で汲める水に頼っているような叶真とは、えらい違いだ。


 ちなみに一度、本気でやばかった時に生活用水を全てその水でどうにかしようと一つのタンクで二十往復した結果、出禁にされかけたことがあったりする。それはいくらなんでも怒られたので、それ以来飲み水以外は近くの公園の水で賄っているのだった。

 

 土下座って最強だよなと、遠い目でそんなことを思いながら料理の様子を見ていると、鈴音は次にその鍋を火にかけた。それをしばらく見ていたのだが、うどんだけでは寂しいと思ったのか冷蔵庫の中からお肉を出して来たではないか。


「うぉい待てぇ!?」


「っ!?」


 突然至近距離で上げられた大声に、文字通り鈴音は飛び上がって驚いた。


「な、なによ。あまり大声を出さないで貰えるかしら。びっくりするのだけれど」


「何、じゃねえ!! お前が持ってるその肉、どこの何の肉だ!?」


「え、ええと……国産黒毛和牛らしいけれど……」


「んなとびっきり高い超高級牛肉を、うどんと合わせるんじゃねえよ!! 焼肉用だろその肉!!」


 そう。鈴音が手に持っていたのは、国産A5ランク牛の高級サーロイン。通常ステーキに使う肉であり、焼肉に使うというのでもかなり、と言うか暴挙レベルの贅沢なのだ。そんな超高級肉であるサーロインはこんなうどんに入れて肉うどんにするような肉では、決してない。絶対あり得ない。


「え、そうなの?」


 叶真の叫びに首を傾げた鈴音は特に気にせず一番近いお肉を取り出したようで、キョトンとしていた。


「ってわけで、その肉を生きているうちに一回くらい食べてみたいと思わなくはなくつか食べたくて仕方がないが、そんな高級肉がこんな雑調理されんのを見過ごすわけにはいかねえ!! ちょっと冷蔵庫の中見せてもらうぞ!!」


「ど、どうぞ……」


 叶真のテンションについていけないのか、鈴音は少々怯えた様子で一歩下がった。それは叶真が冷蔵庫の中を見やすくなるようにという配慮だったのか、叶真の魂の叫びにどん引いたからかはわからない。


 前者だといいなと思いながら叶真は蛇喰家の冷蔵庫拝見に取り掛かった。


 そしてしょっぱなからつまづいた。


「おい蛇喰この物体はなんだ」


 叶真が指さしたのは、ガタガタと明らかに生きている何かの入った発泡スチロール製の箱。ついでに何とか漁港と書かれているが角度的にどこかまでは読めない。


「今日の晩ごはん用の伊勢海老だけれど……」


「生きてるとこなんて初めて見たぞ!!」


 発泡スチロールの箱に入れられた状態なので正確に言えば伊勢海老本体は見ていないのだが、こうガタガタと箱が動いていれば中身が生きていることは確定だ。


 すでに目眩を感じながら冷蔵庫の物色を続けて行くと、出るわ出るわ、叶真にとってだけではなく普通の家庭にだって高級だろう品の数々。


 カニやキャビアの缶詰、桐箱入りの明太子。瓶詰めのイクラやウニなんかまで、主に魚介類の高級食材が、所狭しと詰められているのだ。この冷蔵庫の中身を売れば、叶真一人最低でも一年は生活に困らない事だろう。


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