第六話 知ってる顔
異世界だけど小学校・中学校・高校・大学がある設定(試合放棄)
「え、カインさんって、アッシュさんの知り合いなんですか」
トビアスがそう声を上げたのは、ある日の夕方だった。
冒険者としてフェリシオンで働くことを決めたカインが、久々にレオンの店に顔を出したのは、ちょうどアッシュが試着室で角度の研究に励んでいるときだった。
「知り合いっていうか、腐れ縁」
カインは軽い調子でそう答えた。この男には、初対面の相手に対しても妙な人懐っこさがあり、店の空気にすんなり馴染んでしまう。トビアスも、あっという間にカインのペースに引き込まれていた。
「え、じゃあ地元とかも一緒なんですか」
「一緒一緒。小学校からずっと」
試着室のカーテンの向こうで、アッシュの手が一瞬止まった。
「へえ、じゃあアッシュさんの昔の話とか知ってます? あの人あんまり自分のこと喋らないんで」
「喋らない?」
カインが軽く笑った。
「あいつ、地元じゃ誰よりも喋る方だったけど。てか、アッシュって何だよ」
「……」
「お前のことだよな、それ。何、その名前」
「うるさい、今はそう名乗ってる」
トビアスが、驚いた顔をした。
カーテンが勢いよく開いた。
(うそだろ……!)
「おい!」
「お、噂をすれば」
カインは特に悪びれる様子もなく、片手を軽く上げてみせた。アッシュは何か言おうとしたが、うまく言葉が出てこなかった。多くを語らない男という設定は、こういう時のために特に対応策を用意していなかった。
「地元じゃお調子者で有名だったんだよな、こいつ」
「ちょっと待て」
「小学校の頃、絵で表彰されたやつとか、酒の席で自分から言い出す時あるじゃん」
「その話は今しなくていい」
「え、もうあの絵、片付けただろ普通」
「いや、普通に飾ってあったけど。俺この前帰った時見たし」
「……は!?」
(なんで知ってんだよ、それ……)
「額縁に入れてリビングに堂々と飾ってあったよ、お前んち。母さんが大事にしてるやつ」
アッシュの声が、いつもより一段階早口になっていた。トビアスが興味津々な顔で身を乗り出す。
「え、なんですかそれ。聞きたいです」
「別に大した話じゃない」
「大した話だろ、今も額縁に入れて実家に飾られてるくらいだから」
「カイン!」
珍しく、アッシュの声に切実な響きが混じった。カインはそれで少し面白くなったのか、それ以上は深く追及せず、肩をすくめて話を切り上げた。
「まあ、いいけどさ。別に隠すようなことでもないだろ」
アッシュにとっては、隠すようなことだった。少なくとも、この店で築いてきた「多くを語らない男」というイメージにとっては、致命的な部類の話だった。
レオンがカウンターの奥から、これまでのやり取りを黙って眺めていた。特に口を挟むでもなく、ただ、少し得心がいったような顔をしていた。
――なるほど、こういう感じか。
長年の勘は、大体こういう時に正しい。レオンはそれ以上、何かを言うつもりはなかった。今のところは。
「にしても」
カインが、アッシュの格好をまじまじと眺めながら言った。
「お前、地元の頃と喋り方変わってねえ?」
「……別に、変わってない」
「変わってるだろ。何、その間の取り方」
トビアスが小さく笑いを堪えているのが、アッシュの視界の端に見えた。
「うるさい。お前は黙って服でも見てろ」
「金ねえのに何買うんだよ」
その一言で、店内に軽い笑いが起きた。アッシュだけが、笑いに乗り切れないまま、棚の服に視線を逃した。
この日を境に、レオンの店では、アッシュに対する空気が少しだけ変わった。誰かが何かを暴露したわけでも、決定的な証拠が出たわけでもない。ただ、みんなが薄々、同じ予感を共有するようになっただけだった。
――この人、たぶん見た目ほど寡黙じゃない。




