第五十七話 フェリクスは実在するか会議
「ヴィクトルさんも会ったことないって、あれ相当だよな」
凱旋興行も終わり、いつも通りの面子がレオンの店に集まった夜、カインがそう切り出した。
「言われてみれば」
レオンが、腕を組みながら続けた。
「俺も、フィオナも、トビアスも、誰一人として、フェリクスって奴に会ったことないんだよな」
「写真も見たことないですよね」
トビアスがそう言った。
「連絡先も交換してないって、前カインさんが言ってましたよね」
「言ってた。俺が聞いた時も、そうだった」
「なんか、これ、ちゃんと検証した方がいいんじゃないですか」
フィオナが、面白がるような口調でそう提案すると、店内に、妙な熱気が生まれ始めた。
「よし、じゃあ、フェリクス実在するか会議、始めるか」
カインが、おどけた調子でそう宣言した。
「まず、証拠その一。写真、なし」
「証拠その二。連絡先の交換、なし」
「証拠その三。ヴィクトルさんも一度も会ったことがない」
レオンが、指を折りながら列挙していく。
「証言だけは、やたら具体的なんですよね。ギターも歌もうまいとか、オシャレとか」
トビアスがそう言うと、フィオナが何かに気づいたように、少し身を乗り出した。
「それ、なんか、聞き覚えある特徴じゃない?」
「聞き覚えって、誰の」
「ギターも歌もうまくて、オシャレ……って、なんか、ガルシオンっぽくない?」
その一言に、店内が一瞬、静まり返った。
「言われてみれば」
「言われてみれば、確かに」
「じゃあ何ですか、フェリクスって、ガルシオンをモデルにした、架空の人物ってことですか」
トビアスがそう言うと、カインが、少し考えるような顔をした。
「いや、待てよ。それ言うなら、もっと単純な話じゃないか」
「どういうことだよ」
「フェリクスって、そもそも、あいつがなりたい自分そのものなんじゃないか」
その一言は、これまでの冗談混じりの会議の中で、唯一、少しだけ本質を突いているように聞こえた。
店内に、微妙な沈黙が流れた。
「……深いこと言うじゃん、カイン」
「たまにはな」
だが、その沈黙は、そう長くは続かなかった。
「まあ、そんな深刻な話じゃなくて、単純に話盛りすぎて、後に引けなくなってるだけかもよ」
レオンがそう言って、笑いながら場の空気を和らげた。
「それが一番、可能性高そうですね」
「にしても」
フィオナが、話をまとめるように言った。
「今度会ったとき、直接聞いてみたら? フェリクスってどんな人なの、って」
「それ、俺が聞いていいのか分かんないな」
「俺も無理っス」
「私も、それ聞くと空気悪くなりそうだから、やめとく」
結局、誰一人として、その役目を買って出る者はいなかった。
「まあ、そのうち、誰かが聞くだろ」
カインがそう締めくくると、店内に、諦め半分の笑いが広がった。
この日の「会議」で、フェリクスの実在に迫る、それなりに鋭い推測がいくつか出た。だが、結局のところ、その真相を本人に確かめる者は、誰一人として現れなかった。




