第五十五話 絞られた男
「フェリクスは? 今日、来るって言ってたのに」
打ち上げの後、合流したリゼットが、開口一番そう聞いた。
「あ、いや、フェリクス、今回スケジュール合わなくて。代わりにセシリアってギタリストに来てもらったんだ」
「女の人?」
その一言で、場の空気が、目に見えて変わった。
「なんで、女の人と一緒に帰ってくるの」
「いや、仕事だから。ただの共演者だし」
「フェリクスの都合が合わないから、女の人に代わってもらったってこと?」
「まあ、そういうこと」
「都合が良すぎない、それ」
リゼットの声は、次第に鋭さを増していった。
「フェリクスさんって人、本当にいるの?」
「い、いるよ、もちろん」
「じゃあ、今度、絶対紹介してよ」
「……分かった、そのうち」
その「そのうち」の歯切れの悪さに、リゼットの目は、ますます険しくなっていった。
その夜、二人がどんな会話を交わしたのか、詳しい内容を知る者は、この場にはいなかった。ただ、翌日、レオンの店に顔を出したボドが、心なしかやつれた様子だったことだけは、誰の目にも明らかだった。
「大丈夫か、お前」
カインがそう聞くと、ボドは力なく頷いた。
「まあ、なんとか」
「昨日、リゼットに、こってり絞られたんだろ」
その一言に、ボドは何も言い返さず、ただ深いため息をついた。
レオンが、少し離れた場所からその様子を見て、カインに耳打ちした。
「昨日の夜、リゼットちゃんが相当問い詰めたらしいよ。フェリクスの話も含めて」
「まあ、そうなるよな、普通に考えて」
カインは、そう言いながら、にやりと笑った。
「絞られたっていうか、まあ、最終的には別の意味でも搾り取られたんだろうな、あれは」
「お前、いい加減にしろよ、その下品な言い方」
「事実だろ、大体」
レオンは呆れたように笑ったが、否定はしなかった。
結局、その一件で、ボドとリゼットが別れるという話には、ならなかった。何がどう決着したのか、本人の口からは、多くを語られることはなかった。ただ、翌朝のボドが、いつにも増して疲れた顔をしていたことだけが、その夜の顛末を、何よりも雄弁に物語っていた。
「まあ、いつも通りって感じか」
カインがそう言うと、レオンも小さく頷いた。
「いつも通りだな、色んな意味で」
二人は、それ以上その話を深く掘り下げることなく、いつものように酒を酌み交わした。




