第五十三話 フェシリア?
「今日、俺の相方連れてきたから」
ヴィクトル主催の興行当日、楽屋に姿を見せたボドの隣には、見知らぬ女性が立っていた。
「え、フェリクスは?」
カインが真っ先にそう聞いた。
「フェリクスは今回、都合つかなくて。代わりに、セシリアに来てもらった」
「フェシリア?」
「セシリアな」
「フェリクスとセシリアで、フェシリアかと思った」
「思うかよ、普通」
軽口を叩き合う二人を横目に、レオンが慌てたように口を挟んだ。
「お前、この子連れてくるって、どういうことだよ」
「知り合いの知り合いで」
「知り合いの知り合いって、この子、首都じゃそこそこ名の知れた女性ロック歌手だぞ。よくこんな子、連れてこれたな」
レオンの声には、驚きと、多少の不安が入り混じっていた。
「まあ、色々あって」
ボドは曖昧にそう答えるだけで、詳しい経緯は語らなかった。
本番が始まると、二人は椅子に並んで座り、弾き語りのようなスタイルで演奏を始めた。セシリアのギターは、さすがに堂に入ったもので、客席からも小さくどよめきが上がった。
だが、問題は、ボドの方だった。
「アッシュさん、めちゃくちゃ様になってますね! いいぞ、アッシュ!」
客席の隅で、トビアスが、持ち上げるんだかからかうんだか分からない調子で声を上げた。
その声を聞いた瞬間、ボドの指の動きが、目に見えて硬くなった。
――今、絶対見られてる。ちゃんとやらなきゃ。
余計な意識が入った途端、フレーズが微妙にずれ始めた。セシリアが、それとなくテンポを合わせようとしてくれたが、ボドの方が焦れば焦るほど、二人の呼吸はますます噛み合わなくなっていった。
「あれ、なんか今日、テンポおかしくない?」
客席から、そんな声も漏れ聞こえてきた。
結局、演奏は最後まで、噛み合うことのないまま終わった。拍手は起きたものの、その大きさは、決して盛り上がったものとは言い難かった。
「お疲れ様」
舞台袖に戻ったセシリアが、特に責めるでもなく、そう声をかけてきた。
「今日、なんか、いつもと違った?」
「いや、大丈夫」
ボドはそう答えたが、内心では、分かっていた。周りの声援に浮かれ、意識しすぎたせいで、普段の練習の成果すら、まともに発揮できなかったということを。
舞台袖の少し離れた場所で、その一部始終を見ていたカインとトビアスが、小声で言葉を交わしていた。
「俺らが煽ったから、緊張しちゃったんじゃないですか、あれ」
「まあ、否定はできないな」
「でも、面白かったからいいですよね」
「良くはないけど、まあ、面白かった」
二人は、顔を見合わせて、小さく笑った。




