第五十話 見てきた話
絵の仕事で、フィオナが首都グランディアを訪れることになったのは、ボドが旅立ってから一年ほど経った頃だった。
「せっかくだから、会えないかな」
事前にそう連絡すると、ボドからはすぐに「もちろん」という返事が来た。
待ち合わせの場所に現れたボドは、以前と変わらない調子で、軽く手を上げてきた。
「久しぶりだな」
「久しぶり。元気そうじゃん」
服装は、あのアルノが仕立てたスーツだった。心なしか、着こなしにも様になった風格が出ている気がした。
「あれ、マフラーは?」
「マフラー?」
「リゼットがあげたやつ。着けてないの、今日」
「あ、いや、今日は暖かいから」
「ふうん」
フィオナは、それ以上追及しなかったが、内心では、少しだけ気になるものを感じていた。あれだけ念を押されていたはずのマフラーが、こうもあっさり手元にない、というのは、リゼットが知ったら、確実に機嫌を損ねそうな話だった。
「仕事は?」
「相変わらず、馬車の装飾やってる。向こうの職人、道具の使い方とか全然違ってさ――」
その後しばらく、フィオナは、フェリシオンで散々聞かされた通りの「仕事の拘り話」に、辛抱強く付き合うことになった。
「で、楽団の方は?」
ある程度その話が落ち着いたところで、フィオナはようやく本題を切り出した。
「楽団? ああ、やってるよ、もちろん」
「フェリクスとは、順調なの」
「順調順調。今度も、一緒にちょっとした興行出る予定あるし」
「へえ、どこで」
「まあ、その辺の、小さい箱で」
「見に行っていい?」
「……日程、また今度連絡するよ」
その返答の速さと歯切れの悪さに、フィオナは内心、小さく引っかかるものを感じた。
「フェリクスって、どんな人?」
「ギターも歌もうまくて、あと、めちゃくちゃオシャレな奴だよ」
「会ってみたいな、今度」
「今、ちょっと向こう、地方回ってて」
「地方?」
「そう、地方」
あまりにも便利な理由に、フィオナはそれ以上追及するのをやめた。
夕方、ボドの住むアパートに、少しだけ立ち寄らせてもらった。狭いが、こぢんまりと片付いた部屋だった。壁には、ギターが一本、大事そうに立てかけられている。
「相変わらず、練習はしてるんだ」
「まあ、暇な時は」
その返答に、フィオナは少しだけ安堵した。少なくとも、音楽そのものへの熱意は、まだ完全には消えていないらしかった。
「首都、どう?」
「悪くないよ。まだ、これからって感じだけど」
その言葉には、以前のような根拠のない自信ではなく、もう少し現実を踏まえた響きがあった。
フェリシオンに戻ったフィオナは、レオンとカインに、その日の様子を報告した。
「フェラクスの話、聞いてきた?」
カインが、開口一番そう聞いてきた。
「フェリクスね。あと、しゃぶるのはリゼットの役目でしょ、それ」
フィオナが即座にそう切り返すと、レオンが堪えきれずに噴き出した。
「お前、相変わらずくだらねえこと言うな」
「いや、誰でも一回は思いつくやつでしょ、これ」
「思いつかないよ、普通」
ひとしきり笑いが収まったところで、フィオナが本題に戻った。
「どうだった」
「今、地方回ってて会えないって」
「地方ねえ」
レオンとカインが、思わず顔を見合わせた。
「でも、部屋にギターはちゃんとあったよ。練習してるみたいだったし」
「それは意外だな」
「うん。だから、全部が嘘ってわけでもないんだと思う。ただ」
「ただ?」
「楽団の話になった瞬間だけ、なんか妙に歯切れが悪くなるんだよね」
その一言に、レオンとカインは、それぞれ何かを考えるように黙り込んだ。




