第四十七話 旅立ちの朝
馬車乗り場には、思いのほか大勢が集まっていた。
「本当に、これだけの人数来ると思わなかったな」
ボドがそう呟くと、隣でカインが小さく笑った。
「まあ、四年もいりゃ、これくらいはな」
レオン、トビアス、フィオナ、そしてリゼット。見送りに来た顔ぶれを前に、ボドは少し照れくさそうに頭をかいた。
「はい、これ」
レオンが、大きな紙包みを差し出してきた。
「何だよ、これ」
「開けてみれば」
包みを開くと、中から出てきたのは、仕立ての良い一着のスーツだった。
「これ……」
「俺とトビアスとフィオナで、金出し合ってな。アルノに仕立ててもらった」
「アルノって、あの職人の」
「そう。腕は確かだからさ、ああ見えて」
アルノは、普段レオンの店に服を卸している職人で、寡黙だがその技術は界隈でも一目置かれている人物だった。滅多に人前に出てこないため、ボドとの接点もそう多くはなかったが、レオンたちの頼みを聞いて、今回は特別に一着仕立ててくれたらしかった。
「本人は、照れくさいから顔出さないってさ」
「そうなのか」
「首都で、恥ずかしくない格好しろよ、ってさ」
その言葉に、ボドはしばらく黙ってスーツを見つめていた。
「……悪いな、みんな」
「なんですか、素直じゃないですか、珍しく」
トビアスがそうからかうと、周りから小さな笑いが起きた。
「私からも」
リゼットが、そう言って一歩前に出た。手にしていたのは、細かい刺繍がびっしりと施された、一目で分かるほど手間のかかったマフラーだった。
「これ、首都でも着けてね」
「あ、ああ……」
その圧倒的な物量と気合いに、ボドは若干気圧されながらも、受け取らざるを得なかった。
「絶対だからね。着けてない写真とか撮られたら、私、すぐ分かるから」
「わ、分かってる」
リゼットの声には、いつもの重さが、しっかりと込められていた。
「……なあ、あれ、首都まで持ってく気満々だけど、絶対荷物になるだろ」
カインが、小声でフィオナにそう耳打ちした。
「言わないであげて。せめて出発の日くらい」
フィオナも、笑いを堪えるように口元を押さえていた。
「リゼットちゃん、ボドのことちゃんと監視しといてね、首都行っても」
「監視って、フィオナさん、それは無理でしょ、離れてるんだから」
「気持ちの上での話よ、気持ちの上での」
軽口を交わす二人を横目に、リゼットは真剣な顔で、もう一度マフラーの位置を直していた。
「じゃ、そろそろ時間だ」
カインがそう言うと、ボドは荷物を持ち上げ、馬車に向かって歩き出した。
「アッシュさん、向こうでも頑張ってくださいね」
「アッシュだけど」
「ああ、うん、それも含めて」
レオンのいつもの調子に、最後にもう一度、小さな笑いが起きた。
馬車が動き出す。窓の外で、見送りの面々が、次第に小さくなっていく。フィオナとカインが何やら軽口を叩き合っているのが見え、その隣で、リゼットだけが、いつまでもこちらに向かって手を振り続けていた。
四年間過ごした街が視界から消えていく間、ボドの胸の中には、期待と、言葉にできない一抹の不安が、同じくらいの重さで存在していた。
首都グランディアへ。三十歳を目前にした、彼の新しい挑戦が、静かに始まろうとしていた。




