第四十四話 通用しないだろうな、たぶん
「そういえば、ボドくんの首都行き、実は俺のせいなんだよな、半分」
カインを相手に、レオンがそう切り出したのは、閉店後の静かな店内でのことだった。
「え、どういうことですか」
「この前の打ち上げで、あいつがグチグチ言い出しててさ。首都行きたいけど、どうしようとか、迷ってるんですよ、みたいな」
「ああ、あいつ最近そんな感じでしたね」
「それが、なんか延々続くから、正直ちょっと鬱陶しくなって。『やるなら三十になる前の今しかないでしょ』みたいなこと、勢いで言っちゃったんだよな」
「うわ、それ完全にきっかけ作った側じゃないですか」
「作った側だよ、悪いけど」
レオンは、少し気まずそうに苦笑した。
「まさか本当に決断するとは思わなかったんだよ、あそこまで」
カインは、少し呆れたように笑ったが、すぐに真顔に戻った。
「そういえば、レオンさん、フェリクスって奴知ってます?」
「フェリクス?」
「首都で一緒に楽団やる相手らしいんですけど。ギターも歌もうまくて、あっちで顔広いとかいう話で」
レオンは、しばらく考え込むような顔をした。
「聞いたことないな、その名前」
「レオンさんでも知らないんですか」
「一応、首都の楽団関係の噂とかは、それなりに耳に入ってくる方だと思うけど。それでも知らないってことは……」
レオンは、そこで言葉を止めた。
「まあ、単純に、俺が知らないだけの無名の人かもしれないしな」
その言い方には、あまり確信が込もっていなかった。
「にしても」
レオンが、話を変えるように続けた。
「別にフェリシオンでやっても、ある程度は上手くいくと思うんだけどな、あいつ。界隈でも顔は知られてるし、ガルシオンとも繋がりあるし」
「俺もそう思います」
「なんで首都なんだろうな」
カインは、しばらく黙って酒を回し飲みしていたが、やがてぽつりと言った。
「たぶん、首都で何かカッコいいことやってる、っていう証が欲しいんだと思います。フェリシオンでどれだけ顔広くても、地元の連中からすれば、結局『あいつ、フェリシオンで何かやってるらしいよ』程度の話にしかならないんで」
「証、ねえ」
「昔からそうなんですよ、あいつ。地元にいた頃も、目立てないと気が済まない奴だったんで」
レオンは、小さく頷いた。
「まあ、気持ちは分からなくもないけど」
「分かりますけど」
カインが、グラスの中身を見つめながら続けた。
「たぶん、うまくいかないと思うんですよね、これ」
「……だよな」
レオンも、同じことを思っていたのか、あっさりと同意した。
「フェリクスとかいう奴も、正直、実在するかどうかも怪しいと思ってるんですよ、俺」
「俺も、ちょっとそれ思った」
二人の間に、しばらく沈黙が流れた。応援する気持ちがないわけではなかったが、それ以上に、この先に待っているものが、あまり良い形にはならないだろうという、共通の予感の方が強かった。
「まあ、でも」
レオンが、静かに言った。
「行くって決めたなら、止める理由もないしな」
「ですね」
二人は、それ以上その話を深く掘り下げることなく、静かにグラスを傾け続けた。




