第四十三話 首都で楽団をやる
三十歳を目前に控えたある夜、ボドは唐突にそう言い出した。
「俺、首都行くわ」
レオンの店が閉まったあと、二人でいつものように酒を飲んでいた最中のことだった。カインは、一瞬、何を言われたのか分からないという顔をした。
「は? 首都って、グランディアか」
「そう」
「ん? 遊びに?」
「住む。首都で、楽団やる」
その一言に、カインはグラスを持ったまま、しばらく黙り込んだ。
「……お前、フェリシオンで四年やって、結局楽団組めてないだろ。それが急に首都行って、できるようになるのか」
「分からないけど、ここじゃもう、これ以上何も変わらない気がするんだよ」
ボドの声には、いつもの軽さがなかった。
「界隈じゃそれなりに顔は知られてるけど、結局それだけなんだよな。楽団やってるわけでもない、俳優やってるわけでもない、モデルにもなれなかった。ただ、なんとなく、顔が広い人ってだけで終わってる」
「それの何が悪いんだよ、別に」
「悪くはないけど、俺が求めてたのは、そういうのじゃないんだよ」
ボドは、グラスの中身を見つめながら、続けた。
「もうすぐ三十だろ。ここでこのままいたら、多分、一生このまま歳だけ取っていくんだよ」
「首都行けば、それが変わるって根拠は」
「根拠はある。首都で、一緒に楽団やる奴がいるんだよ」
「は? 誰だよ、それ」
「フェリクスって奴」
「誰それ」
「ギターも歌もうまくて、あっちじゃそれなりに顔広い奴だよ」
カインは、怪訝な顔をしたまま、しばらく黙っていた。
「……お前の口から、そいつの話、今初めて聞いたんだけど」
「言ってなかったっけ」
「聞いてない」
カインは、しばらく何も言わずに、酒を飲み干した。
「本気か、それ」
「本気だよ」
「フェリシオンでの生活、全部捨てるってことだぞ、それ」
「分かってる」
「リゼットは?」
「それは、これから話す」
その返答の歯切れの悪さに、カインは小さくため息をついた。
「まあ、お前が決めたなら、止めはしないけどさ」
カインの声には、応援とも呆れともつかない、複雑な響きがあった。
「本当に、楽団やるのか、向こうで」
「やるよ」
「口だけにならないようにしろよ」
「うるさいな」
ボドは強い口調でそう返したが、その目の奥には、これまで見せたことのない種類の光があった。今までの見栄や虚勢とは、どこか質の違う、切実な焦りのようなものが滲んでいた。
カインは、その表情を見て、何かを察したのか、それ以上は深く追及しなかった。
「まあ、決めたなら、しょうがねえな」
その夜、二人はいつもより少しだけ長く、静かに酒を酌み交わした。




