第四十二話 尻の引き締め
「実はさ、俺、モデルの応募、ずっと続けてるんだよね」
ある夜、酒の席でボドがそう切り出した。カインは、グラスを傾けながら、片眉を上げた。
「モデルって、ファッションモデルの」
「そう。レオンの店にも出入りしてる、あの手のやつ」
「え、いつから」
「二十五くらいからずっと」
「今いくつだよ、お前」
「二十九」
「四年もやってんのかよ、それ」
「まあ、なかなか採用されないんだけどな」
ボドは、悔しさよりも、どこか誇らしげな口調でそう続けた。
「年齢制限、大体引っかかるんだよ。だから、多少偽って応募してる」
「偽ってって、大丈夫なのか、それ」
「バレたことはない」
「バレてないだけで、褒められたことじゃないだろ、それ」
カインの冷静な突っ込みにも、ボドは特にめげた様子を見せなかった。
「まあ、諦めてないってことが大事なんだよ」
「その情熱、もっと別のとこに使えばいいのに」
「うるさいな。ちゃんと、努力もしてるんだよ、俺は」
「努力って、何の」
「尻の引き締めトレーニング。毎日欠かさずやってる」
「……は?」
「モデルは、後ろ姿も大事なんだよ。鏡見て、一番『映える』角度も研究してるし」
あまりに真剣な口調だったので、カインは、しばらく何と言葉を返せばいいのか分からなかった。
「お前、それ、何年続けてるんだよ」
「かれこれ、四年くらい」
「その根気を、他のことに向けたら、なんかもっと違う結果になってた気がするけどな」
「うるさい。これはこれで、大事なことなんだよ」
その日の会話は、それ以上深く発展することなく終わったが、後日、カインはこの話を、思わずレオンとフィオナに漏らしてしまった。
「聞いてくださいよ、こないだボドに聞いた話」
「何、また変な話?」
「あいつ、二十五の頃からずっと、モデルの応募続けてるらしいんですよ。年齢偽ってまで」
「へえ、意外と粘り強いとこあるんだな」
「しかも、尻の引き締めトレーニング、毎日欠かさずやってるって」
「……は?」
レオンとフィオナが、ほとんど同時に聞き返した。
「モデルは後ろ姿も大事だから、とか言ってました」
「いや、それより先に、書類選考とか、そっちを頑張った方がいいんじゃないか」
「言いましたよ、俺も。でも聞かなくて」
フィオナが、堪えきれずに笑い出した。
「なんか、変なとこだけ真面目だよね、あの人」
「変なとこしか真面目じゃないんスよ、たぶん」
その日、店内では、しばらくの間、ボドの見えないところでの努力について、笑いとともに語られ続けた。




