第四十一話 よく分からないけど偉い人
二十九歳。フェリシオンに出てきてから、四年が経とうとしていた。
この頃には、ボドは界隈で、ちょっとした顔役のような扱いを受けるようになっていた。楽団関係の興行に顔を出せば、主催の一人であるかのように振る舞い、初対面の人間には、なんとなく「顔が広そうな人」という印象を与える。実際に何をしている人間なのか、深く知らない相手からすれば、それなりに一目置くべき存在に見えているらしかった。
「あの人、レオンさんの興行とか、よく仕切ってる人ですよね」
新顔の楽団関係者が、そんなふうに評しているのを、ボド本人が聞いたこともあった。訂正する義理もないので、ボドはその都度、曖昧に頷くだけにしていた。
その一方で、昼下がりの街中では、こんな光景も繰り広げられていた。
「なあ、もう一本買おうぜ」
「まだ昼っすよ、アッシュさん」
トビアスと連れ立って、酒瓶を片手に、まだ日も高いうちから大通りをふらふらと歩いていた。二人とも、いい具合に出来上がった顔で、時折すれ違う人にぶつかりそうになりながら、上機嫌に歩いていた。
「別にいいだろ、休みの日くらい」
「まあ、俺はいいですけど」
その様子は、通りすがりの人々の目に、はっきりと焼き付いていた。
「見た? 今の二人」
「何あれ、ダサい」
道行く人々のそんな囁きは、当の二人の耳には届いていなかった。
この光景を目撃した何人かの噂は、巡り巡って、フェリシオンに来ていたカインの耳にも入ることになった。
「お前、また昼から飲み歩いてたんだって?」
その日の夜、レオンの店で顔を合わせるなり、カインがそう聞いてきた。
「誰から聞いたんだよ」
「知り合いが見たって。もうすぐ三十になるってのに、いい歳して昼間から酒瓶片手にふらふらしてる、恥ずかしい奴らがいるって話でさ」
「それ俺のことか」
「トビアスと一緒だったんだろ? やめとけよ、みっともねえ」
カインの物言いには、いつもの軽口とは違う、多少の呆れが滲んでいた。
(別にいいだろ、これくらい。ロックなんだから)
ボドの中では、その指摘すら、都合よく処理されていた。人目を気にせず、昼間から酒を飲んで歩く。それすらも、自分の生き方の一部として、肯定材料に変換されていた。
「何とでも言えよ」
「言うわ、普通に」
「にしても」
その場にいたトビアス自身が、レオンに、こんなことを漏らしていた。
「アッシュさん、ガルシオンと知り合いになってから、なんか最近テンション高くないですか」
「ああ、それはある」
「界隈でも顔役っぽい振る舞いするようになったし、なんか、勢いだけはすごいというか」
「本人はもう半分スターのつもりなんだと思う」
レオンがそう言うと、トビアスは苦笑した。
「まあ、嫌いじゃないですけどね、ああいう調子の良さ」
「嫌いじゃないから、一緒に昼から飲み歩いちゃうんだろうな、お前も」
「それ言われると、ちょっと否定できないっス」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
こうして、ボドの周りには、二つの評判が同時に存在するようになっていた。一つは、よく知らない人間から見た「界隈のちょっとした顔役」という評判。もう一つは、彼をよく知る人間から見た「もうすぐ三十になるのに、いつまでも変わらない男」という評判。
この二つの評判が、本人の中でどちらも都合よく共存していることに、ボド自身は、特に矛盾を感じてはいなかった。




