第四話 黙ってられない話
冒険者ギルドのSランク:他の小説とは違い英雄ではない。人材派遣会社の中での評価が高いという位置づけとお考え頂ければ。
その日もアッシュは、いつものようにレオンの店に顔を出していた。
あれから何度か通ううちに、トビアスとも、自然に世間話をする間柄になっていた。相変わらず多くを語らないよう気をつけてはいたが、完全な無口というわけにもいかず、当たり障りのない相槌の範囲で、少しずつ会話には応じるようになっていた。寡黙な男というのは、思っていたよりも維持コストが高いらしい。
「アッシュさんって、細いっすよねー。腕とか」
トビアスが、試着中の上着の袖をたくし上げながら、ふと思いついたように言った。
「まあ、そんなに腕力はない」
アッシュは短く答えた。ここまでは、いつも通りの調子だった。
「えー、じゃあ喧嘩とか弱そうじゃないですか?」
「……いや」
(弱い、って言った、今……?)
その一言に、アッシュの中で何かがぴくりと反応した。軽口一つで機嫌を損ねるあたり、寡黙な男というのは案外脆いものらしい。
「弱くはない!」
「まじすか、そうは見えないっすねー」
トビアスは特に悪気もなく、からかうような調子でそう続けた。だが、アッシュの中では、その軽い一言が思いのほか深く刺さっていた。
腕力がない。それは自分でも分かっている。だが、それとこれとは話が別だ。自分には、腕力とは違う種類の強さがある。それを、こんな軽い調子で片付けられるのは、看過できなかった――というのが本人の言い分だが、要するにただ煽られて我慢できなくなっただけである。
「腕力の話じゃないんだよ!」
気づけば、口が動いていた。多くを語らない男という設定は、開始からわずか数週間、軽口一つで早くも崩壊の兆しを見せていた。
「俺、これでも冒険者やってたからな。盗賊で」
「盗賊……あー、罠とか解いたりする感じの! なんかカッコいいっすね、それ」
「そう。地元のギルドじゃ、盗賊の評価じゃ最高ランクだった」
その一言を口にした瞬間、アッシュの中に、久しぶりに懐かしい高揚感が戻ってきた。
「Sランクってのは、そう簡単になれるもんじゃなくてさ。器用さと身体能力の両方がいるんだよ。腕力なんて、正直あんまり関係ない。むしろ腕力に頼るような奴は、盗賊としちゃ二流だから」
「へー」
「罠の解除とか、宝箱の解錠なんて、指先の感覚が全てなんだよ。あれができる奴、実はそんなに多くない。パーティー組んでも、盗賊が下手な奴だと、探索全体のペースがガタ落ちになる。俺がいたパーティーは、その点じゃかなり評判良かったし」
誰も止めていないのに、彼は丁寧に語り続けた。厳密には、トビアスは黙って聞いていたが、聞きたくて聞いているというより、もう途中から止め時を見失っていた、という方が正確だった。
「アッシュさん、盗賊やってたんですか。意外」
「まあな」
そこまで言って、アッシュはようやく我に返った。
(……しゃべりすぎた)
多くを語らない男。誰にも媚びない、寡黙な男。それが今、自分から進んで、聞かれてもいない冒険者時代の実績をベラベラと語ってしまっていた。看板を掲げて数週間、早くも看板倒れである。
「……いや、まあ、今はもう関係ない話だけど」
慌てて話を切り上げようとするが、勢いよく喋ってしまった後では、取り繕う言葉も少し空々しく響いた。
「え、なんかもっと聞きたいっす! 宝箱の解錠とか、実際どうやるんですか」
「……その話は、また今度な」
アッシュはそう言って、視線を逸らすように棚の方へ歩いていった。背中で、トビアスが「食いついてきたら意外と喋る人だ」と小さく笑うのが聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにした。
カウンターの奥から、レオンが何も言わずにこちらを見ていた。特に茶化すでもなく、ただ、少し面白そうに目を細めていただけだった。(やっぱりね)長年の予想が、思ったより早く当たってしまったことについて、彼なりの感想はあったが、口には出さなかった。
その視線に気づかないまま、アッシュは棚の服を一枚手に取り、必要以上に真剣な顔でそれを眺め続けた。
★★★
この作品の執筆はほぼ完了していますが、色々設定を考えたのに私の力不足で全く活かせず・・・。
せっかくなので、同じ世界観を流用したセルフスピンオフ作品を同時連載中です。
よろしければこちらも併せてご覧下さい。
愚王と呼ばれた男
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