第三十四話 お前、何しゃべった
あの日の違和感は、数日経っても、ボドの中でくすぶり続けていた。
決定的な証拠を掴んだのは、偶然だった。
「アッシュさん、この前のあれ、面白かったっすねー」
工房帰り、たまたますれ違った、レオンの店で何度か顔を合わせたことのある常連の一人が、悪気なくそう声をかけてきた。
「この前の、あれって?」
「え、排水管の……あ、いや、なんでもないです」
その一言で、ボドの背筋に、冷たいものが走った。
「何の話だよ、それ」
「いや、俺もちゃんと聞いたわけじゃないんで」
後輩は気まずそうに目を逸らし、そそくさとその場を離れていった。
ボドは、しばらくその場に立ち尽くしていた。頭の中で、いくつかの断片が、勝手に組み上がっていく。
――排水管。まさか、あの話が。
可能性は、一つしかなかった。あの排水管の一件を知っているのは、後にも先にも、金を貸したカインだけのはずだった。
「カイン」
その日の夜、ボドはカインの家まで押しかけ、開口一番そう問い詰めた。
「何だよ、急に怖い顔して」
「お前、レオンの店で、俺のこと何かしゃべったろ」
「え、何だっけ」
カインの反応は、あまりにも自然だった。だからこそ、余計に怪しかった。
「姉貴の家の話とか、その、他のことも」
「ああ、うん、話したかも」
悪びれる様子もない即答だった。
「なんで言うんだよ、口止めしただろ」
「え、そうだっけ」
本気で覚えていないのか、あるいは覚えていて惚けているのか、判断がつかなかった。どちらにせよ、結果は同じだった。
「お前、あそこ行くと何しゃべってるか分かったもんじゃねえな」
「そんな大したこと喋ってないと思うけど」
「大したことじゃないなら、なんで俺の耳に断片だけ入ってくるんだよ」
カインは、特に反省の色もなく、軽く肩をすくめただけだった。
「まあ、酒入るとつい、な」
その一言で、ボドの中の疑念は、確信に変わった。
この男は、悪意なく、しかし着実に、自分の知られたくないことを、あの店で漏らし続けている。
この日から、ボドの中に、新しい習慣が一つ生まれた。カインがレオンの店に顔を出しそうな気配を感じた日は、なるべく自分もその時間帯に居合わせるようにする。カインが一人であの店に長居しそうな気配を感じたら、それとなく理由をつけて、その場に居合わせるようにする。
直接何かを言うわけではない。ただ、監視の目を、絶やさないようにする。
それが、この時のボドが編み出した、唯一の対処法だった。もっとも、その対処法自体が、すでに手遅れであることに、本人はまだ気づいていなかった。




