第三十一話 酔ったカインは饒舌に
馬車の装飾:現代日本の自動車板金塗装みたいな仕事と思って頂ければ。
「そういえば、ボドくんに仕事紹介したんだよな、この前」
閉店後、たまたま居合わせたカインとフィオナを相手に、レオンがそう切り出した。
「馬車の装飾の話ですよね。聞きました」
「なんか、やたら必死な顔してきてさ。急にどうしたんだろうな、あれ」
「ああ、それなら理由知ってますよ」
カインは、その日すでにかなりの量の酒を空けていた。呂律も、心なしか怪しくなってきている。
「姉貴の家、追い出されたんスよ、あいつ」
「え、姉貴の家に住んでたの、ボドくん」
「そうそう。内緒にしといてくれって言われてたんスけどねー」
「じゃあ言わない方が」
「まあ、もう追い出されたし、いいんじゃないですかー? 時効ってことで」
あっさりとした裏切りだった。
「なんで内緒にしたがってたんですか、それ」
トビアスが興味津々に尋ねる。
「姉の家に住んでるとか、ロックじゃないからっスねー」
「あ、分かる。そう思いそう」
「で、何で追い出されたの?」
「あー、あれっすよ。リゼットさんとヤってる声が、壁越しに姉貴に丸聞こえだったらしくて」
「ああ……」
「姉貴、ブチギレて、その日のうちに叩き出したらしいっス。まあ自業自得っすよね」
店内に、微妙な空気が流れた。
「うわ、男ってそういうとこ本当に学習しないよね」
フィオナが、心底呆れたような顔でそう言った。
「距離感バグってる相手と暮らしてて、しかも姉の家でそれやるとか、危機管理能力どこ行ったの」
「手厳しいっスね」
「事実でしょ」
「にしても、リゼットさん、体力すごいらしいっスよ」
カインは、聞かれてもいないことまで、上機嫌でぺらぺらと喋り続けた。
「あいつ、器用だし運動神経も良いから、そのへんも相乗効果ってやつなんスかねー。文字通り、お互い乗り合うっていうか」
「その例え、要らないです」
トビアスが真顔で突っ込んだが、カインは気にせず続けた。
「なんか近所迷惑レベルだったらしいっスよ、うるさすぎて」
「男の人って、なんでそういう話、得意げにするんだろうね」
フィオナが、うんざりした顔で酒を口に運んだ。
「女友達同士だと、その手の話、もうちょっと解像度低めにする配慮あるけど」
「解像度低めにする配慮、ってなんスか」
「あんたには一生分からないと思う」
「それ、俺らが知る必要ある情報ですか」
「いや、俺も本人から自慢げに聞いただけなんスけどね」
「本人が自慢するんですか、それ」
「酒入るとベラベラ喋るんスよ、あいつ」
「まんまお前じゃねえか、今」
トビアスの鋭い突っ込みに、カインは一瞬黙ったが、すぐにけらけらと笑い出した。
「あと、これも言っていいのか分かんないっスけど」
「まだあるんですか」
「あいつ、暇な時期に、何か新たな境地を開拓したかったとかでオナホ使ってて」
「言い方」
「んで、洗ってる時に手ぇ滑らせて、排水管に詰まらせたらしいんスよ。それで慌てて修理業者呼んで」
「……は?」
フィオナが、心底気の毒そうな、それでいて笑いを堪えきれないような顔をした。
「その業者さんの気持ち、想像するとちょっと辛いね……」
「あいつ金なくて、俺が貸したんスよ、その時」
「お前、何でそんな金貸してんの」
「いや、その話聞いたら、面白すぎて貸さないわけにはいかないでしょ」
カインはそう言って、げらげら笑った。
「そもそもさ」
レオンが、真顔でぽつりと言った。
「あれって、洗って使い回すものなの?」
「知らないっスよ、そこは。聞かなかったっス、怖くて」
店内が、しばらく静まり返った。
「アッシュさんのキャラ、もう跡形もないですね」
トビアスが天を仰ぎながら言った。
「まあ、地元じゃ元々こんな感じっスから」
カインはそう言って、また笑った。
その夜、店に居合わせた面々の中で、「アッシュさん」という人物像は、静かに、しかし決定的に、崩れ落ちていった。寡黙で気取った男という表向きの姿は、もはや誰の頭にも、まともには残っていなかった。
この時のボドは、自分の知らないところで、自分の物語がここまで詳細に語られていることを、まだ知らなかった。




