第二十八話 姉の家
「で、結局辞めたのか、あの店」
カインがそう聞いてきたのは、ボドが酒場を辞めた翌日のことだった。
「辞めた。三ヶ月分踏み倒されてな」
「うわ、それはキツいな」
「まあ、ああいう店だったから、なんとなく予感はあったけど」
強がってはみたものの、財布の中身は、正直なところ深刻だった。次の職が決まるまでの間、家賃を払い続けられるかどうかも怪しい状況だった。
「んで、どうすんの、これから」
「実は、ちょっとの間、姉貴んとこに世話になろうかと思ってる」
「姉貴? お前、姉貴もフェリシオンにいたのか」
「いる。前からずっと」
カインが、意外そうな顔をした。
「初耳なんだけど、それ」
「言ってなかったからな」
「なんで言わなかったんだよ」
「別に、言う必要もなかっただけだよ」
正直に言えば、理由はもう少し単純だった。姉がフェリシオンにいるという事実は、ボドにとって、あまり都合の良いものではなかった。危険な酒場で働き、クールな男を演じ、界隈でそれなりの顔を作ってきたつもりの自分に、「実家寄りの姉と一緒に暮らしている」という情報は、あまりにロックとは言い難かった。
「この話、界隈のやつらには言うなよ」
「なんでだよ」
「なんとなくだよ。頼むから」
「別にいいけど……お前、そういうとこ、変に見栄っ張りだよな」
カインは呆れたようにそう言ったが、それ以上は追及しなかった。
「にしても、姉貴の家、大丈夫なのかよ、居候して」
「まあ、しばらくの間だけだから。落ち着いたらすぐ出る」
「彼女の家は? リゼットさんのとこ」
その一言に、ボドは一瞬、返答に詰まった。
「あっちは、やめとく」
「なんでだよ、彼女の家の方が気楽だろ、むしろ」
「いや、あっちは、色々もたない」
「もたないって何が」
「色々だよ」
具体的に説明する気にはなれなかった。四六時中一緒にいることで生まれる息苦しさ、少しでも機嫌を損ねた時の修羅場、そういったものを想像しただけで、ボドの中では答えが決まっていた。姉の家に転がり込む方が、まだ精神的には安全だという判断だった。
「まあ、お前がそう言うならいいけどさ」
カインはそれ以上深く聞かず、軽く肩をすくめた。
「とりあえず、頑張れよ」
「おう」
ボドはそう答えながら、心の中では、この決断が正しかったのかどうか、まだ半信半疑だった。




