第二十五話 最近のアッシュさん
「そういえば、最近アッシュさん、なんか疲れてません?」
開店前、トビアスが棚を整理しながら、そう切り出した。
「ああ、なんか隈すごいよな、最近」
レオンが、相槌を打った。
「彼女さんと、あと例の酒場の仕事と、ギターの練習と。詰め込みすぎなんじゃないですかね」
「本人は楽しそうにやってるけどな」
レオンがそう言いながら、軽く肩をすくめた。
「なんか、生き急いでる感じありません?」
「ロックな生活、って本人は言ってた」
「ロックっていうか、単純に不健康なだけな気がしますけどね」
そこへ、フィオナがふらりと店に顔を出した。
「あ、フィオナさん、聞きました? アッシュさんの最近」
「聞いたっていうか、見てきた。あの酒場」
「行ったんですか、あそこ」
「うん、絵の題材に良さそうだったから」
あっさりとそう言うフィオナに、トビアスが、苦笑した。
「どうでした、店の様子」
「本人は結構気張ってたよ。ずっと渋い顔してた」
「渋い顔って」
「多分、危ない男を演じてるつもりなんだと思う。まあ、店主に新入り扱いされてるとこ見ちゃったけど」
その一言に、店内に小さな笑いが起きた。
「あの店主、あんまり良い噂聞かないんだよね」
レオンが、ふと思い出したように言った。
「知り合いなんですか」
「知り合いってほどじゃないけど、界隈じゃちょっと有名。客層もアレだけど、店主自身がまあまあクソだって話は前から聞いてる」
「クソって、どんな感じですか」
「金にだらしないとか、従業員への支払い、平気で遅らせるとか、その手の話」
レオンはそう言いながら、少し眉を寄せた。
「あそこ、ちゃんと給料もらえてるのかな、ボドくん」
「大丈夫ですかね、それ」
「本人がロックだって言い張ってる間は、多分気づかないと思うけど」
その一言に、店内には笑いというより、少し心配めいた空気が混じった。
「あと、ダリオさんのとこでも、だいぶ言われてるらしいですよ」
アルノが、通りすがりにそう付け加えた。
「ハゲの話ですか」
「うん。前よりだいぶ進行してるらしい」
「彼女との時間も削らないってことですよね、それでも」
「まあ、本人の中では、それも含めて全部『ロックな生き方』らしいから」
レオンがそう言うと、店内がまた小さく沸いた。
「にしても」
トビアスが、少し呆れたような、それでいてどこか面白がるような口調で言った。
「本人だけ、ものすごく格好いい人生送ってるつもりなんですよね、たぶん」
「たぶんそう」
「それはそれで、幸せなのかもしれないですね」
「幸せかどうかは知らないけど、髪の毛は確実に不幸になってる」
ダリオの物言いを真似たようなアルノの一言に、店内はまた笑いに包まれた。
当のボドがこの日、いつも通りの顔で店に現れた頃には、彼の不在中に交わされていた会話の詳細は、誰の口からも語られることはなかった。ただ、いつもより少しだけ生温かい視線で迎えられていることに、本人は最後まで気づかなかった。




