第二十四話 ガルシオンが遠のく音
「……うわ」
鏡越しに髪をかき分けたダリオが、思わずそんな声を漏らした。
「うわって何だよ、うわって」
「いや、前回よりだいぶ進んでるなと思って」
「進んでるって、何が」
「言わなくても分かるでしょ」
ダリオはそう言いながら、淡々と鋏を動かし始めた。以前告げた「三十過ぎたあたりから来る」という予測は、どうやらボドの生活態度によって、随分と前倒しになりつつあるらしかった。
「最近、生活どんな感じ」
「まあ、色々忙しくてさ。仕事も夜遅いし、その後もいろいろあるし」
「その後の、いろいろって何」
「別に、大したことじゃない」
「大したことなんでしょ、その顔色」
ダリオは鏡越しにボドの顔を一瞥した。目の下の隈、荒れた肌、艶のない髪。どれもが、本人が思っている「危険で退廃的な男」の魅力とは、正反対の方向へ振れている証拠だった。
「言っとくけど、前回言った通りになってきてるからね、これ」
「……もう、そんな段階か」
「そんな段階。しかもペース早い方だと思う、正直」
あまりに率直な物言いに、ボドは何も言い返せなかった。
「てか、これ言うの二回目だけど」
ダリオが、鋏を動かしながら続けた。
「ハゲたら、ガルシオンにはなれないからね」
その一言が、以前よりも重く響いた。当時はまだ、遠い未来の話として聞き流せていた警告が、今ではもう少し現実味を帯びて迫ってきていた。
「……直せば、まだ間に合うのか」
「生活態度を根本から変えれば、まだ間に合うと思うけど」
「変えるよ」
「前も同じこと言ってたけどね」
ダリオは特に信じた様子もなく、軽く相槌を打っただけだった。
「彼女とやりすぎなんじゃないの、単純に」
ダリオはあっさりとそう言った。オブラートに包む気は、最初からないらしかった。
「……そんなんじゃない」
「いや、絶対そうでしょ、この疲れ方。夜の分の体力、髪の毛に回した方がいいと思うけど」
「うるさいな」
「じゃあ、減らせば? 彼女と過ごす時間」
「……それは無理」
(そんなことしたら、何されるか分からない)
言葉にはしなかったが、ボドの頭の中では、リゼットの顔色が変わる瞬間が、勝手に再生されていた。断ることの怖さを、彼はもう十分に知っていた。
「じゃあ、まあ、その調子で頑張って」
あまりに投げやりな激励だった。だが、その投げやりさの中に、ある種の諦めにも似た確信が滲んでいることに、ボドは気づかないふりをした。
店を出るとき、ボドは鏡に映る自分の髪を、いつもより長く見つめていた。ガルシオンに近づくために積み重ねてきたつもりの生活が、皮肉にも、ガルシオンから遠ざかる方向に、着実に自分を導いているらしかった。
その事実に、この日初めて、ほんの少しだけ実感が伴った。だが、実感が伴ったからといって、生活が変わるわけではなかった。




