第二十一話 その筋の話
二十五歳、フェリシオンでの生活にもようやく慣れてきた頃、ボドが職を得たのは、繁華街の一番奥、看板もろくに出していない酒場だった。
店の名前を知っている者より、店の存在自体を知らない方が多いような、そういう類の店だった。カウンターに並ぶ客の中には、堂々と武器を帯びたまま酒を飲む者もいれば、指の何本か欠けた男が、それを気にする様子もなく杯を傾けていることもあった。奥の席では、目の焦点が合わないまま、怪しい粉を小瓶からあおっている客の姿を見かけることもあった。表通りの喧騒とは、明らかに空気の質が違う場所だった。
「新入り、ビビってんなよ」
初日、店主にそう言われたのを、ボドは今でもよく覚えている。ビビってなどいなかった。むしろ、これ以上ないくらい浮かれていた。
――こんな店で働いてる自分、なかなかロックだよな。
給料は正直、割に合わなかった。だが、ボドにとってはそんなことより、この空間に自分が立っているという事実の方が、よほど価値があった。地元の同年代が普通に会社勤めをしている頃、自分はこんな、堅気には縁のない場所で酒を注いでいる。それだけで、他の誰とも違う特別な人間になれた気がした。
「お前、目つき悪くなったな」
ある日、常連の一人にそう言われた。凶悪な意味ではなく、単なる軽口だったのだろうが、ボドはこれを、勝手に誇らしい称賛として受け取った。
(そりゃそうだろ。俺はもう、あっち側に片足突っ込んでるんだから)
カウンターの奥で酒を注ぎながら、ボドは自分の中で、着実に「特別な男」になっていく感覚を味わっていた。実際にやっていることは、注文を聞いて酒を出し、時々絡んでくる酔客をあしらうだけの、ごく普通の仕事だったが、その事実には、あまり目を向けないようにしていた。
「今日も、ロックな一日だったな」
仕事終わり、誰に言うでもなく、そう独り言ちる。
誰かに聞かれるわけでもないのに、その一言を口にするだけで、ボドの中では、自分がまた一段、危険な世界に近づいたような気分になっていた。
この店で働いていることを、ボドはまだ、地元の誰にも話していなかった。話せば面白がられるだろうとは思っていたが、それ以上に、この「危険な世界に片足を突っ込んでいる自分」というイメージを、当分は自分だけの秘密にしておきたい気持ちの方が強かった。
それがいつか、酒の席で誰かに披露する日が来るのか。あるいは、ふさわしい聞き手に出会うまで、じっくり温めておくことになるのか。この時のボドには、まだ分からなかった。




