第二十話 前座
本番までの数日、ボドは珍しく真剣に練習に打ち込んでいた。
ギターだけの一曲、という話だったはずだが、練習を重ねるうちに、ボドの中である考えが膨らんでいった。
――どうせやるなら、歌も入れた方がいいんじゃないか。
ガルシオンのように、ギターを弾きながら声を張る。あの夜見た理想の姿に、また少し近づける気がした。地元の楽団でボーカルを諦めた過去のことは、この時のボドの頭からは、都合よく抜け落ちていた。
当日、小さなステージの上に立ったボドは、思っていた以上の緊張を感じながらも、どうにか一曲目を弾き始めた。
ギターの腕前は、練習通り悪くなかった。フレーズの正確さ、指の動きの滑らかさ。その点だけを見れば、客席の何人かが感心したように頷いていた。
問題は、歌が始まってからだった。
声を張り上げようとするあまり、音程が微妙に不安定になる。ガルシオンのような、荒々しくも芯のある声とは、似ても似つかない、ただ大きいだけの声になってしまっていた。
「なんか、思ってたのと違うな」
客席の隅で、そんな呟きが漏れ聞こえた。
(あれ、なんか反応薄い……?)
それでも、ボドは気づかず、あるいは気づかないふりをして、最後まで演奏をやり切った。曲の合間には、覚えたてのMCも挟んだ。
「……まあ、俺の話も、いつか歌にできたらいいなと思ってる」
ガルシオンの真似をしたつもりの、低く抑えた喋り方だった。だが、本人が思っているほどの効果は、客席には伝わっていなかった。
演奏が終わると、拍手は起きた。ただ、その拍手には、盛り上がりというよりも、義理と気遣いの成分の方が多く含まれていた。
「お疲れ様でした」
舞台袖に戻ったボドに、ヴィクトルがそう声をかけた。
「どうでした」
「ギターは普通に良かったよ。歌は……まあ、これから、って感じかな」
ヴィクトルの言い方は、決して意地悪なものではなかった。むしろ、素直な感想としての率直さだった。だからこそ、その一言は、変に飾られた褒め言葉よりも、深くボドの中に残った。
「また誘ってもらえますか」
「まあ、機会があれば」
その返事には、さっきまでの軽さが、少しだけ薄まっていた。
客席の隅で見ていたレオンとフィオナが、何も言わずに目を合わせた。二人とも、同じことを思っていた。
――ギターだけにしておけばよかったのに。
その夜、ボドは自分の中で、演奏は成功したことになっていた。歌の部分については、緊張のせいだと結論づけ、次はもっとうまくやれるはずだと、根拠のない自信を新たに抱いていた。




