第十九話 初めて呼ばれた日
その日のレオン主催の興行には、フェリシオンでは名の知れたロック楽団が出演していた。
「ヴィクトルさん、今日もいい声してましたね」
打ち上げの席で、誰かがそう声をかけているのが聞こえた。ヴィクトルというのは、首都グランディアにもある程度名前が知られている、ロック楽団のボーカルらしい。ガルシオンほどの絶対的なカリスマ性はないが、フェリシオン界隈では十分に一目置かれている存在だった。
ボドは以前の集まりで名刺代わりのように顔を売っていたおかげで、この手の打ち上げに顔を出すこと自体には、もう遠慮がなくなっていた。
「お疲れ様です」
思い切って、ヴィクトル本人に声をかけてみる。
「ん、ああ、アッシュくんだっけ。この前の合わせ、レオンから聞いたよ」
「聞いた……何をですか」
「ギター、うまいらしいじゃん」
その一言に、ボドの中で何かが小さく跳ねた。
「まあ、それなりに」
謙遜しているようで、実際は最大限の余裕を装った言い方だった。
「今度、うちの箱でちっちゃい興行やるんだけど、前座枠、一組空いてるんだよね」
「前座」
「興味あれば、一曲二曲、弾いてみる?」
あまりに軽い調子での誘いだったが、ボドにとっては、その軽さがかえって現実味を持って響いた。
「やります!」
(ついに来た……!)
食い気味の即答だった。
「じゃ、決まりね。詳細はレオン経由で連絡するから」
ヴィクトルはそう言うと、他の客に呼ばれて、あっさりとその場を離れていった。
残されたボドは、しばらく放心したように立ち尽くしていた。
「なんかあったんですか」
トビアスが不思議そうに声をかけてくる。
「ヴィクトルさんの興行、前座で出ることになった」
「え、まじすか! すごいじゃないですか!」
トビアスが素直に声を上げた。周りにいた何人かも、驚いたようにこちらを見た。
「アッシュさん、実はちゃんとやる人だったんですね」
誰かがそう言うのが聞こえたが、その「実は」という言葉の重みに、ボドは特に気づかなかった。
その夜、ボドは久しぶりに、心から浮かれた気分で店を後にした。レオンの店で「アッシュ」を名乗り始めてから、初めて掴んだ、具体的な一歩だった。
もっとも、これが本当の意味での一歩なのか、それとも運良く転がり込んできただけの偶然なのか。その違いを確かめる機会は、この後すぐに訪れることになる。




