第十六話 年越しの五人
大晦日の夜も、結局同じ面子がハンスの家に集まっていた。
「おい、そろそろ年越しそば茹でるぞ」
台所からそう声を上げたのは、ハンスの妻だった。数年前に結婚したというのは聞いていたが、こうして実際に「所帯じみたハンス」を目の当たりにするのは、ボドにとって初めてのことだった。
「お前、結婚してから急に大人になったよな」
「うるせえ。お前らがいつまでも子供なだけだろ」
ハンスがそう言い返しながらも、まんざらでもなさそうな顔をしているのが、余計に癪だった。
「奥さん、いつもすいません、うちらのせいで」
ジークが珍しく殊勝な態度でそう言うと、ハンスの妻は笑いながら首を振った。
「いいのよ、毎年恒例だし」
「毎年恒例にしてすいません」
カインが茶化すように付け加えると、部屋の中に軽い笑いが起きた。
そばを啜りながら、テレビ代わりの街頭ディスプレイの中継を眺める。年の瀬の実況が、いつも通りの調子で流れていた。
「今年はどうだったよ、みんな」
ハンスがそう切り出すと、ゴランツが待ってましたとばかりに口を開いた。
「俺は色々あったよ。この前もちょっと、揉め事の仲裁的なことがあってさ」
「はいはい、また今度な」
カインが軽くいなす。ゴランツの武勇伝は、もはやこの場では前振りとして処理されるのが通例になっていた。
「ジークは?」
「特に何もねえよ、俺は」
「絵の方は?」
「……相変わらず」
ジークが酒をあおりながら、それ以上は答えなかった。何年経っても弟子入りの立場のままであることに、本人なりに思うところがあるのかもしれなかった。この場では、誰もそれ以上は突っ込まなかった。
「ボドは?」
「まあ、来年もフェリシオンで頑張るよ」
「頑張るって、何を」
ハンスの素朴な問いに、ボドは一瞬詰まった。
「色々」
さっきダンケに言われた言葉が、頭の片隅に残っていた。服屋の常連。楽団に近い界隈。言葉にすればするほど、輪郭がぼやけていく気がした。
「まあ、なんかまだ形になってないってことは分かった」
カインがそう茶化すと、ボドは何も言い返さず、そばを啜った。
年が明ける瞬間、街頭ディスプレイの向こうで鐘の音が鳴った。誰からともなく、軽く杯を掲げる。特別な言葉は、誰も口にしなかった。それでも、この五人にとっては、それが毎年の締めくくりだった。
翌日、ボドとカインは、それぞれの荷物をまとめてフェリシオン行きの馬車に乗り込んだ。
「また戻ってこいよ」
見送りに来たハンスが、そう声をかけた。
「分かってるよ」
「アッシュさんも元気でな」
ジークがにやにやしながらそう言うのを、ボドは無視した。
馬車が動き出す。窓の外で小さくなっていく地元の景色を眺めながら、ボドはしばらく黙っていた。
「なあ」
しばらくして、カインが口を開いた。
「今年こそ、何か形にしろよ」
「言われなくても分かってる」
軽い調子で答えたが、その言葉の裏に、自分でもまだ何をもって「形になる」とするのか、はっきりした答えは見つかっていなかった。
馬車は、変わらない速度でフェリシオンへの道を進んでいった。




