第十五話 もったいない、って顔だ
年末の買い出しにと、ハンスに連れられて商店街を歩いていたときだった。
「あれ、ボドじゃねえか」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのは、地元の冒険者ギルドで一緒だった顔ぶれの一人だった。名前はダンケという。かつて同じパーティーを組んでいた戦士だ。
「久しぶりだな。フェリシオン行ったって聞いてたけど」
「まあ、そうだけど」
「今、何やってんの、向こうで」
「色々」
言葉を濁したのは、正直に答えるのが少し億劫だったからだった。
「そういやお前、盗賊でSランクまで行ったのに、あっさり辞めたよな。あれ、もったいなかったなあって、みんなで話してたんだよ」
「そうか」
冒険者ギルドというのは、要するに、ダンジョンでの害獣駆除や素材収集を請け負う人材を、企業や個人に斡旋する組織に過ぎない。ランクはS からEまであるが、それはあくまでギルド内での評価であり、探索が許可されるダンジョンの難易度に対応しているというだけの話だった。世間一般で言う「英雄」や「有名人」とは、まるで別の物差しだった。むしろ、正規の企業に雇われるだけの伝手や学歴がない者たちが、リスクを承知でギルドから仕事をもらう、というのが実情に近い。
ボドがSランクだったというのも、つまりは、そういう世界の中で「多少腕の立つ非正規の一人」だった、というだけのことだ。本人もそれを分かっていたからこそ、この評価に、世間的な誇らしさを見出すことができずにいた。
「うちのパーティー、今も盗賊枠探してて苦労してるからさ。お前がいてくれたらなあ、って未だに言われるくらいだし」
ダンケの口調に、悪意はまるでなかった。むしろ純粋な、惜しむような響きだった。だからこそ、ボドの中には、余計に複雑な感情が湧き上がった。
「まあ、俺にはもっとやりたいことあったからさ」
「フェリシオンで何やってんの、結局」
「服屋の常連、みたいな」
「……常連?」
ダンケが、少し戸惑ったような顔をした。
(言うんじゃなかった……)
「服屋の、常連さん」
もう一度、同じ言葉を繰り返す羽目になった。自分で言っていて、あまりの内容の薄さに、若干いたたまれない気持ちになった。
「あ、いや、それとは別に、楽団関係の興行とかにも結構顔出してて」
「楽団? お前楽団やってんの?」
「まあ、そういうのに近い界隈にいるっていうか」
「近い界隈」
ダンケの表情に浮かんだのは、からかいではなく、純粋な理解不能の色だった。この反応の方が、ボドにとっては地味に堪えた。
「まあ、いいけどよ。とにかく元気そうで何より」
「ああ」
「Sランクの盗賊が服屋の常連ねえ」
ダンケは特に嫌味のつもりもなく、ただ率直な感想として、そう呟いた。
「それじゃ、また」
ダンケが軽く手を振って去っていく。その背中を見送りながら、ボドはしばらく黙って立ち尽くしていた。
「大丈夫か」
隣で聞いていたハンスが、珍しく気遣うような声をかけてきた。
「別に、何が」
「いや、なんか、微妙な顔してたから」
「してねえよ」
ボドはそう言って、足早に歩き出した。ハンスはそれ以上追及せず、黙って隣を歩いた。
もったいない、と誰かに言われるたびに、ボドの中では毎回同じ理屈が繰り返された。盗賊としての評価なんて、所詮ギルドの中だけの話だ。世間的には何の価値もない。自分が目指しているのは、そんな小さな世界の評価じゃない。
その理屈に、自分でもまだ完全には納得しきれていないことを、ボドは誰にも話したことがなかった。




