第十三話 地元では素のまま
年末、フェリシオンから馬車に揺られること半日、ボドはカインと共にメルダへ帰ってきていた。
一週間ほどの滞在予定だった。フェリシオンでの日々にもすっかり慣れた頃だったが、年末年始くらいは地元で過ごすのが、幼馴染内での暗黙の了解になっていた。
「今日、ハンスんち集合な」
カインがそう言うと、ボドは特に気負う様子もなく頷いた。
「了解」
高校時代からの溜まり場だったハンスの家は、相変わらず居心地の良い散らかり方をしていた。到着するなり、ボドはコートを脱ぎ捨て、勝手知ったる様子で炬燵に足を突っ込んだ。
「よお、久しぶり」
出迎えたハンスが、大らかな笑みでそう言った。数年ぶりに会っても、この男の空気はまるで変わらない。
「ハンス、相変わらずいい家だな。散らかってるけど」
「うるせえ。誰のせいで散らかってると思ってんだ」
部屋の隅には、すでに酒とつまみが並べられていた。しばらくすると、ジークとゴランツも顔を出した。
「よう」
ジークが片手を上げて挨拶する。相変わらず、どこか薄汚れた印象のある男だった。
「ジーク、お前まだ風呂ケチってんの」
「うるせえな、水道代馬鹿にならねえんだよ」
「絵描きの弟子入り、まだ続けてんの」
「続けてるよ、悪いか」
軽口を叩き合う様子は、フェリシオンでの生活の中には無い、遠慮のない空気だった。
「おい、噂の男が来たか」
最後に現れたのはゴランツだった。相変わらずの強面で、初対面の人間なら誰でも一歩引きそうな迫力がある。だが、この場にいる誰も、彼のその見た目を本気で怖がってはいなかった。
「ゴランツ、清掃業どうよ」
「まあまあだよ。この前、地元の悪い連中とちょっと揉めそうになってな」
「またその話かよ」
ハンスが呆れたように笑う。ゴランツの武勇伝は、九割以上が話を盛られたものだということを、この場にいる全員が知っていた。それでも、彼が語る度に、誰もが調子を合わせて聞いてやるのが、この輪の中の暗黙のルールだった。
「で、フェリシオンはどうなんだよ、ボド」
ハンスがそう水を向けると、ボドは待ってましたとばかりに喋り始めた。
「まあ、色々あってさ。今、けっこう顔売れてきてるんだよな、俺」
「顔売れてるって、何の顔だよ」
「服屋とか楽団関係の界隈で。ちょっとした興行とか、けっこう呼ばれるようになってきてて」
「へえ、意外とやるじゃん」
ハンスが素直に感心したような声を上げる。地元にいる間のボドは、フェリシオンでの寡黙な演技など、どこかに置いてきたかのように、饒舌にまくし立てていた。
「まあ、俺の身のこなし方っていうか、雰囲気が向こうじゃ受けがいいんだよな」
「調子いいなあ、相変わらず」
ジークが酒をあおりながら、半分呆れたようにそう言った。
「そういやさ」
カインが、少し悪戯っぽい笑みを浮かべて口を開いた。
「こいつ、小学校の頃絵で表彰されたの、まだ額縁に入れて実家に飾ってあるらしいぞ」
「おい!」
(なんでその話するんだよ……)
「え、まじ!?」
ハンスが食いついた。
「まじまじ。母さんが未だに大事にしてるって、この前俺が帰った時見た」
「その話は今しなくていい」
ボドの声が、露骨に尖った。だが、酒の席の空気は、そんな抵抗を許してはくれなかった。
「いや、お前、酒入るといつも自分から言い出すじゃん、その話」
「自分で言うのと、人に言われるのとは話が違うんだよ」
「意味わかんねえ理屈だな、それ」
ゴランツが笑いながらそう突っ込んだ。
「まあまあ、いいじゃんそれくらい」
ハンスが場を取りなすように言ったが、その口元にも隠しきれない笑いが浮かんでいた。
結局その夜、ボドは自分の絵の話から始まり、フェリシオンでの武勇伝、賭博場での連敗、レオンの店の常連たちの話まで、聞かれてもいないことをひとしきり喋り倒した。フェリシオンでの寡黙な男の面影は、この部屋のどこにも見当たらなかった。
「にしても」
酒がだいぶ回った頃、ジークがぼそりと言った。
「お前、地元にいる時と向こうにいる時、別人だよな」
「何の話だよ」
「いや、さっきからずっとベラベラ喋ってんじゃん。向こうじゃ寡黙キャラなんだろ、カインから聞いたぞ」
「うるさい、黙れ」
ゴランツとハンスが、揃って小さく吹き出した。
窓の外では、年の瀬の冷たい風が吹いていたが、部屋の中はいつまでも、この五人だけの温度で満ちていた。




