第34話 選択
午後になって、雪が降り出した。
はらはらと軽い雪が、風に飛ばされてふわふわと流れていく。
灰色の森に強い風が吹いて、雪煙のように渦を巻いて舞い上がった。
あさひ山荘の談話室では、薪ストーブの炎が、暖かく揺らめいている。
私は窓際のベンチに座って、窓の外を見るともなく眺めていた。
頭の中で、様々な思いが、浮かんでは消えていく。
揺らめいて捉えどころがないのは、外の雪やストーブの炎と大差なかった。
玄関の扉が開く音がした。
少ししてから、足音。見なくても、誰が来たかわかる。
「こんにちは」
顔を上げると、耕平さんが立っていた。
「こんにちは。……お仕事ですか?」
思ったより素っ気ない声が出て、自分で驚く。
「気になって。怪我の具合、どうですか?」
耕平さんの表情が、少し揺らいだように見えた。
「はい。骨は折れてなくて、捻挫だけですみました」
よかった……。小さな息が耕平さんの口からもれた。
少しの沈黙。
耕平さんが、私の斜め前の椅子に座った。私の心臓が、小さく跳ねる。
ストーブの薪が、ぱち、と弾けた。
「……どうして、一人で行ったんですか」
責める声ではなかった。耕平さんが、覗き込むように、私を見ている。
私は思わず目を逸らし、一人で鏡池に行った理由を考えた。
「……考えなしでした。すみません」
どうしても言い訳の言葉が思いつかなくて、私は謝罪した。
すると耕平さんが、はあと小さく息を吐いた。
はっとして見ると、耕平さんは、困ったような、あるいは諦めたような顔で私を見ている。私は思わず身を竦めた。私は耕平さんを、失望させてしまったかしら……。
「私、春から製パンの専門学校に行くつもりなんです」
取り繕うように、私は少し明るい声で言った。
「パン?」
「はい。パンです」
耕平さんは、一瞬怪訝な表情をしたが、私の中では、時間をかけて出した答えだった。
「ずっと、やりたいと思っていたことなんです。でも、安定してないとか、年齢とか、現実的じゃないとか、いろいろ考えて……ずっと迷ってて……決心できずにいたんです」
「……」
「でも、自分で決めようと思いました。自分の人生だから」
綾子さんの言葉が、背中を押してくれていた。
耕平さんはゆっくり頷いた。
「いいと思います」
短く、でも迷いなく。
その言い方が、嬉しかった。
「明日、帰ります」
続けて言う。自分の声は思ったより静かだった。
「そうですか」
それだけ。
それだけなのに、なぜか部屋の空気が少し変わった気がした。
ふっと心に風が吹いたような。
目の前にいる耕平さんは、いつもの人懐っこい明るい笑顔ではなかった。
私の今まで見たことのない表情をしている。
何か、考え事をしているような。こちらを見ているようで、心は別のことを考えている……。
「……」
「耕平さんには、本当に感謝しています。いろいろお世話になって、ありがとうございました」
何となく落ち着かない気持ちのまま、私は耕平さんに言った。
「ここに来て、元気になりました。怪我はしたけど……心は、元気になりました」
「……それは、よかったです」
耕平さんが、穏やかに微笑んだ。
私は少しだけ、ほっとした。
「明日……」
「え?」
耕平さんが、いつもの明るい笑顔になって言った。
「駅まで送っていきます。明日の朝、ここに迎えに来ます」
耕平さんの笑顔を見て、私の心臓は今度は、大きく跳ねた。




