第32話 動揺と決意
エンジンをかけると、フロントガラスの向こうで雪明かりがぼんやりと揺れた。
夜の山道は静かで、タイヤが、踏み固めた雪を噛む音だけが車内に伝わってくる。
ヒーターの温風が遅れて動き出す。
指先のかじかみは、じわじわほどけていくのに、胸の奥だけが落ち着かなかった。
さくらさんの顔が、何度も浮かぶ。
夕暮れの中で見せた、あの泣きそうな、でも安心したような顔。
――よかった。
怪我をしても、帰ってきてくれたこと。身動きも取れず、冬の夜の森にたった一人取り残される可能性だってあった。
――もしそんなことになっていたら?
ありえたかもしれない現実を、考えただけで心が凍りつく。
でもそれは、彼女だから、ではないはずだった――
胸の奥のざわつきは、なかなか消えなかった。
*****
ずっと森の中の山荘にいたので、病院の診察室の白い光は、妙に現実的だった。
レントゲン写真を見ながら、医師は穏やかに言った。
「骨には異常ありません。捻挫ですね。靭帯も傷んでます。固定して、しばらく安静に。全治三週間くらいと考えてください」
三週間。
思っていたより長い。
「歩けますか?」
「無理をしなければ。松葉杖、使いますか?」
「……大丈夫です」
明日、東京に帰る。心の中でそう決めた。
たぶん、罰が当たったんだと思う。
勝手なことをして、耕平さんや亮介さんや綾子さんに、迷惑をかけたこと。
あさひ山荘の居心地の良さを、当たり前のように思ってしまうこと。
耕平さんの笑顔を、私にとって特別なものだと思ってしまうこと――




