第29話 電器店
二日後の昼過ぎ。
山荘から町へと下る林道は、まだかなり雪が残っていたが、町に出ると、主要な道路はきれいに除雪されていた。
「買い出し、付き合ってもらって助かるわ」
ハンドルを握りながら綾子さんが言った。
「いえ、私も町を見てみたかったので」
山荘に籠もっていた数日が嘘みたいに、町には普通の生活が流れていた。
食料品や日用品を買い込んだあと、綾子さんが言った。
「最後に電器屋さんだけ寄っていい? 発電機の部品、注文しておきたくて」
車が止まったのは、町の目抜き通りの中ほどにある、古い看板の店だった。
――トクヤマ電器店。
(あ……)
思わず看板を見上げる。
店内は昔ながらの町の電器屋という雰囲気で、一般的な電化製品の他に、棚には工具や部品が整然と並んでいた。
「いらっしゃい、綾子ちゃん」
奥から出てきたのは、がっしりした体格の年配の男性だった。
笑った顔の雰囲気で、すぐにわかる。
――耕平さんのお父さんだ。
「こんにちは、徳山さん」
綾子さんが笑顔で挨拶した。
「この前の事故は大変だったねえ。町も大騒ぎでさ。うちの耕平も走り回ってたろ」
「ええ、本当に助かりました」
「亮介くんもご苦労だったねえ。あの子は頼りになる。いつも耕平が世話になって」
「こちらこそ、耕平くんにはいつも助けてもらって感謝しています。今後とも、よろしくお願いします」
「いやなに、あの子は好きでやってることだから」
綾子さんにお礼を言われて、満更でもない様子だ。
笑った顔は、耕平さんによく似ている。
「山荘のお客さん?」
綾子さんが注文書を書いている間、徳山さんが私の方を見て言った。
「この時期に珍しいね。何もないところだもの」
「いえ、とてもいい所だと思います」
「うちの息子とも会った?」
「はい、いろいろ案内してもらいました」
「そうかい。あの子は世話焼きだからね」
誇らしそうに笑って、それから、ふっとため息まじりに言った。
「あとは、いい嫁さんが来てくれりゃ、言うことないんだがなあ」
あまりに屈託のない口調で、冗談の延長のように。
「街にいた頃は、そういう話もあったようだが。長男が東京で就職したから自分が店を継ぐって、結局ひとりで戻ってきちまったからな。ここは不便だから、嫌がられるんだ」
まったく悪気のない言い方だった。
「……」
私は、どう返していいかわからず、ぎこちなく笑うだけだった。
綾子さんがさりげなく話題を変えた。
「部品、入ったら連絡くださいね」
「おう、すぐ持ってくよ」
徳山さんは愛想良く請け合った。
店を出るとき、ガラス戸に映った自分の顔が、少しだけ強ばって見えた。




