第28話 毛布
「……平、おい、耕平」
名前を呼ばれているのに気づくまで、しばらくかかった。
「大丈夫か?」
亮介さんの声だ。亮介さんの厚い手が俺の肩に置かれている。軽く揺さぶられて、ようやく目が覚めた。
「……あれ? ……亮介さん?」
「帰り道危険だからって、仮眠したんだろ。さくらさんに一時間で起こしてくれって言って。さくらさんはもう休んだよ。君に付き添って起こす気満々だったけどね」
「……」
俺が起こしてくれって頼んだのか? よく覚えていないが、寝落ちの直前、彼女が傍にいたのは覚えている。
「あ、ああ……。すみません、亮介さん。……ちょっと疲れて」
「見ればわかるよ。今日はほんとにお疲れさんだったね」
そう言う亮介さんもまた、かなり疲労の色が濃い。
「さくらさんにも今日はすごく手伝ってもらった。彼女もふらふらだったからね。耕平は俺が起こすから、って先に休んでもらった。耕平、忘れてるかもしれないけど、さくらさんは、この山荘のお客さんだからな」
「……」
ああ、そうか。今日は大変な一日だった……。
頭に靄がかかったようにぼんやりして、今日の昼間のことなのに、よく思い出せなかった。
「さくらさん、お前のこと、すごく心配してたよ。帰れるかい? 泊まっていくか?」
「いや……帰ります。家も心配なんで」
「あいかわらずだな」
亮介さんが少し困ったように笑った。
もともと精悍な髭面だが、今日の修羅場でますます野性味が増している。
「どういう意味です?」
「誰にでも優しい。よく言えばね」
「……悪く言えば?」
「八方美人」
「……」
亮介さんは、俺がそのために失敗したことを知っている。
返す言葉もなかった。
周りの期待に応えることばかりに必死になって、結局自分を見失ってしまう……。
亮介さんは潔い人だ。
ストイックな山男で、自分の一番大切なもののために、他のものを捨てられる人だ。手の中に残したものにも、ちゃんと優先順位をつけられる。
それにひきかえ俺は……。
振り切るように体を起こした拍子に、毛布がばさりと落ちた。
一瞬ひやりとして、毛布に包まれていた温かさを知った。
談話室以外の照明は消えている。
薪ストーブで燃える炎がいっそう明るく見えた。
「亮介さん」
「ん?」
「今度、一緒に山行きましょう」
「そうだな」
熊のような髭面で、亮介さんは笑って頷いた。




