第24話 薪
「さてと、そろそろ帰ります。油売ってばかりで、解雇されたら困るんで」
耕平さんが椅子から立ち上がった。
「あなたの仕事ぶりは評判よ。徳山さんも“立派な跡継ぎだ”って自慢してるわ」
「そうかなあ?まったく待遇に反映されてないと思うんだけど」
言いながら耕平さんはジャケットに袖を通した。
「ご馳走様でした。さくらさん、おやすみなさい」
山上さん夫婦と私に丁寧に礼をして玄関ホールに向かう。
私は思わず立ち上がった。
「私、ストーブの薪、少なくなってきたんで、取りに行ってきます」
わざとらしいな、と思ったけれど、私はそのままコートを羽織ると薪運び用のバッグを持って耕平さんの後を追った。
玄関を出ると、空気がきゅっと冷えていた。
雪はやんでいて、雲の切れ間から薄い月明かりが差している。
耕平さんは車のドアに手をかけたところで、私の足音に気づいて振り向いた。
「あれ。どうしました?」
「薪……取りに」
自分でも苦しい言い訳だと思った。薪小屋は反対側だ。
一瞬だけ間があって、耕平さんは小さく笑った。
「なるほど。“たまたま”こっちだったんですね」
「……たまたまです」
吐く息が白く重なる。
少しだけ沈黙が落ちたけれど、不思議と気まずくはなかった。
雪に吸い込まれていくみたいに、静かな時間だった。
「閉じ込められてたって聞きました」
「はい。でも、思ったより悪くなかったです」
「うん。顔見ればわかる」
「え?」
「最初来たときより、ずっといい顔してる」
胸の奥が、また小さく揺れた。
「……心配してくれてたんですか」
「しましたよ。かなり」
軽く言うのに、目はまっすぐだった。
「電気より先に、こっち見に来たくらいですから」
「それは……仕事してください」
「どっちも大事です」
「……」
私は言葉を失って、耕平さんは小さく笑った。
「また、ちゃんと話しましょう。今度は停電も雪もない日に」
約束みたいな言い方だった。
「はい」
今度は、迷わず答えられた。
*****
車のドアを開けかけて、俺は手を止めた。
「ああ、そうだ」
まるで今思いついたような何気ない口ぶりで。実は彼女が俺を追って外に出てきたのに気づいたときから言おうと決めていた。
「さくらさん」
振り向くと、予想通りの表情で、俺を見ている彼女と目が合う。
悪戯を見つかった子供みたいな、少し驚いたような、戸惑ったような。だけど、隠れんぼで見つけてもらえて喜んでいる、そんな顔。
月明かりのせいか、彼女の輪郭がいつもより柔らかく見える。
「明日、午後って時間あります?」
こんな言い方じゃ、点検の立ち会いでも頼むみたいだ、と心の中で苦笑する。
「えっと……ありますけど」
「じゃあ」
一歩近づく。吐いた息が白く重なる距離。
「この間話した展望台、行ってみますか。明日は早朝から除雪応援行くんで、早く上がれると思うんです。天気もよさそうだし」
仕事の説明みたいになってしまった。違う、そうじゃない。
言い直す。
「一緒に見に行きませんか」
自分でも驚くくらい、まっすぐな声が出た。
「……」
少し間があった。彼女の答えは、多分、わかっている。
それでも、返事を待つ時間は長く感じられた。
「無理なら、また今度でも」
そこまで言ったところで――彼女が笑った。
「はい、ぜひ」
その瞬間、寒さが一段やわらいだ気がした。




