第20話 街
「あの……耕平さんはずっとここに住んでるんですか?」
亮介さんも、綾子さんも、この町の出身ではなかったことを思い出しながら、思い切って聞いてみた。
「あの……もしよければ……」
踏み込みすぎだろうか? 距離感がわからず、恐る恐る付け加える。
耕平さんの明るい笑顔は、そんな私の恐れなど吹き飛ばしてしまった。
「はい……いや、俺、高専に行ってて。県内ですけど、うちからは通えないんで、親戚んちで下宿してました。街で就職して三年くらい修行してから、こっちに戻ってきたんです。もともと電器屋継ぐつもりでしたから」
「……お兄さんも、電器屋さんですか?」
前にお兄さんのことを話していた。綾子さんの学生時代を知っているお兄さん……。
「兄貴?ああ、話しましたっけ。兄貴は研究職ですよ。東京で大学院行って、企業の研究職として働いてます」
「すごいですね……!」
思わず言ってしまって、後悔した。耕平さんがすごくない、と言っているように聞こえるかもしれない、と気づいて。私は、しどろもどろになって言い訳した。私は言葉を使うのが下手だ。
「いえ、あの、すみません。耕平さんも、すごいです。技術のある人って、いいな、って思います。ほんとに。私、職人さんに憧れてるんです。すごく、かっこいいと思います。機械の修理できる人……好きです……」
自分で何を言ってるのかわからなくなってくる。必死すぎて、かえってわざとらしいだろうか。私は逃げ出したくなった。
しかし耕平さんは、まったく気を悪くした様子はなかった。
むしろ、少し可笑しそうな表情で笑っている。
私は多分、顔が真っ赤になっている。顔が熱い。店内が熱すぎるせいだと思ってくれないかしら。
「確かに兄貴は優秀ですよ。難しいこと突き詰めて考えるのが好きみたいです。俺とは正反対なタイプかな。俺は今の仕事の方が向いてると思ってます。けっこう好きなんですよ、人と話すのが」
「すごいです、耕平さん!」
心底感心して、思わず顔にも言葉にも、力が入ってしまった。
「はは……さくらさんて、面白いですね」
耕平さんが柔らかい表情で私を見て笑った。
その笑顔を見て、私はこの人の笑顔しか知らないな、と気がついた。
*****
「人と話すのが好きって、素晴らしいことだと思います」
さくらさんは、きっぱりと言った。
「そうですか?」
俺は少し疑う口調で言ってみた。
慌てたり、力が入ったり、くるくる変わる彼女の表情が微笑ましくて、つい。
「はい。私……それ、ちょっと苦手だから」
しょんぼりと肩を落とした彼女を見て、俺は少し後悔した。
「……そうは見えないですけどね」
言ってしまってから、見抜かれるだろうか、と少し心配になる。
「好き嫌いは、人それぞれですから、仕方ないですけどね。さくらさんは苦手だと思ってるかもしれないけど、ちゃんと伝わってると思いますよ。それで、いいんじゃないですか」
上手く伝えられないのは俺の方だ、と思って、ごまかすように水をゆっくり一口飲んだ。
「……」
さくらさんは、俺の言葉の意味を考えているように見えた。
「さくらさんは、ずっと東京ですか?」
何気ないふうに、たずねてみる。答えられる質問に、彼女はほっとしたように見えた。
「はい。実家は郊外ですけど、仕事は……都心でした」
彼女が過去形を使ったことに、ひっかかる。
「街は、便利ですね。何でもあるし。夜中でも明るいし。俺がいた街は、東京ほど都会じゃないですけどね。東京の人からみたら、すごく田舎なんでしょうけど、ここよりは、という意味です」
「何でもあるようで……そうでもないですよ」
さくらさんが呟くように言った。
彼女はどんな場所から来たのだろうと、少し気になった。




