第16話 ココア
やがて――
私は夢から覚めた人のように、長く深く息を吐いた。
「……」
気づくと、目尻が熱い。濡れた頬を風が冷やす。
慌ててサングラスに触れる。
振り返ると、耕平さんは見て見ぬふりをして、リュックを下ろしていた。
耕平さんは、ストックで雪を軽く払って、池の縁の倒木を示した。
「ここ、特等席ですよ。立たなくても、十分きれいです」
私たちはそこに腰を下ろした。
スノーシューのままでも座りやすいように、足元の雪を踏み固めてくれているのに気づく。
先回りの優しさだった。
「温かいの、持ってきてます」
取り出した小さなボトルを軽く振る。
「甘くないココア。山仕様です」
「山仕様ってなに?」
「ちょっとだけ塩入ってます」
「ええ……」
目を丸くして、受け取る。
両手で包むと、じんわり熱が伝わる。
その温かさに、なぜかまた泣きそうになる。
――ここにいていい。
白く凍りついたこの世界で、私は「ここにいていい」と言われているような気がして、また泣きたくなった。
「……」
二人並んで、凍った水面を見る。
私の沈黙を、黙って受け入れてくれる耕平さんの優しさが、嬉しかった。
風が吹くたび、表面の粉雪がさらさらと流れて、まるで薄いヴェールが動いているみたいだった。
ココアを、ひとくち飲む。
甘くないのに、優しい甘さが私をじんわりと温める。
手の中のボトルの温もりと、隣に耕平さんがいてくれること――
そのことが私を、清浄すぎる冷たい世界から、守ってくれているような気がした。
今、目の前にある鏡池の景色は、先ほど一人で向き合ったときとは、まったく違って見えた。
さっきは私の心を浄化する清澄で神聖な祭壇――
そして今は、おとぎ話のような幻想的で不思議な白い世界――
でも。
どちらも、壊したくない思いは変わらない。
ずっとこのまま、この時が続けばいい……。
そんなことを考えて、私は急に恥ずかしくなった。




